恋愛成就

小説太郎

第1話

「 今日も雨か。」

男は、二日続きの雨にうんざりしながら、そう呟いた。

女と別れて一ヶ月の間、男を支配したものは、憂鬱な気分だった。

雨の日は、男のその憂鬱な気分をより一層憂鬱にさせた。

男が女と付き合い始めたのは、今から約一年前だった。

それから順調に仲良くなっていき、ようやく本格的な男女の仲になろうとする時に、他の男に女を取られてしまった。



女が男に別れを告げたのは、喫茶店の中だった。

喫茶店ではよくあることなのだが、その時も、ウエイトレスが注文を聞きに来た。

女が「 私、ホットコーヒーお願いします。」と言った後、男が「 じゃあ、僕は、この店まるごとお願いします。」と冗談を言ったが、それが別れの原因では全然なかった。

女の気持ちは、既にそれ以前から決まっていたのだ。

二人が注文したメニューが来てから、やおら女が言ってきた。

「 私、実は、あなたに言わなきゃいけないことがあるの。」

「 急に改まって何だい?」

「 実は、あの、、、ごめんなさい。とても言えないわ。ホットコーヒー飲み終えてから言わせてもらっていい?」

「 あ~、いいよ。」

女は、ホットコーヒーを一気に飲んだ。

そして、言うべきことを言おうとした。

「 実は、あの、、、ごめんなさい。まだ言えないわ。カレーライス頼んでそれ食べ終えてから言わせてもらっていい?」

「 あ~、いいよ。」

女は、注文したカレーライスを一気に食べた。

そして、言うべきことを言おうとした。

「 実は、あの、、、やっぱり、まだ言えないわ。うな丼頼んでそれ食べ終えてから言わせてもらっていい?」

「 あ~、いいよ。」

女は、注文したうな丼を一気に食べた。

そして、言うべきことを言おうとした。

「 実は、あの、、、う~ん、まだ言えないわ。カキフライ定食頼んでそれ食べ終えてから言わせてもらっていい?」

「 あ~、もう、好きにしてよ。」

女は、注文したカキフライ定食を一気に食べた。

そして、言うべきことを言おうとした。

「 実は、、、う~ん、どうしても言えないわ。ざる蕎麦頼んでそれ食べ終えてから言わせてもらっていい?」

「 あ~。」

女は、注文したざる蕎麦を一気に食べた。

そして、言うべきことを言おうとした。

「 実は、、、う~ん、もう何が何でも言えないわ。言えるようになるまでいろいろ注文しては食べて言おうと努力するから言えるようになるまで待ってもらえる?」

「 待つよ。待てばいんだろ。」

そうやって、女は、店の品をどんどん注文しては食べては言おうと努力した。

そして、店の品を全部食べ終わった後、ようやく言うことができた。

「 もう、私と別れてほしいの。」

「 ウソーッ?!」男は、驚いた。

「 どうして、そんなことを言うんだい? 一年も付き合ってきた仲じゃないか。とても信じられないよ。」

「 ごめんなさい。」

「 これから本当の男女の仲になろうとしてたのに、それはないよ。」

「 ホントにごめんなさい。」女は、涙を流しながら言った。

「 そんな泣くなんてことをしなくてもいいから、その代わりにセックスさせてよ! お願いだから。もちろん、イヤならイヤで別にいんだけど。」

「 そんなセックスなんかさせる代わりに泣かせてよ!」

「 そんなこと言わないでセックスさせてよ。ホントにお願いだから。もちろん、イヤならイヤで別にいんだけど。」

「 ごめんなさい。私、他に好きな人ができたの。」

そう言うなり、女は、席を立って代金も払わずに店を出て行った。

男は「 待ってよ!」と言いながら、女の後を追った。

そして、女に追いついてから言った。

「 まるで飲食泥棒じゃない。だけど、お代は全部俺が払って上げるよ。だからっていうわけなんだけど、セックスさせてよ。ホント、お願いだから。もちろん、イヤならイヤで別にいんだけど。」

女は、財布から一万円を取り出して言った。

「 これを上げるわ。これで私のお代を払って。お釣りは要らないわ。だから、もうお別れさせて。」

そう言うなり、女は、タキオン粒子よりも速い速度で走り去った。



男は、降り続く雨を窓越しに見ながら “ あの女はあれからどうしているだろう?” と思った。

そして、気分転換に近くのコンビニへ行った。

そこで、本を立ち読みしていると「 お久しぶり。」と声をかける者がいた。

ふと見ると、それは別れた女だった。

「 お元気?」と言ってきた。

「 あ~。だけど、キミと別れてからずっと気分は憂鬱だったよ。」

「 ごめんなさい。ホント、申し訳なかったと思ってるわ。ところで、今日はこれからどうする予定なの?」

「 特に予定はないよ。適当に食べる物をここで買って、家に帰るつもりだよ。」

「 じゃあ、私も食べる物を適当に買って、あなたの家に寄らせてもらっていいかしら。」

男は “ やったー! 今日という日が来るなんて誰が予想し得ただろうか?” と有頂天になったが、女に軽く見られないために敢えて深妙な顔をして「 それは、いいけどさ~。」と言ったら、女は「 ありがとう。」と言った。


男の家で、二人は、コンビニで買った弁当を食べながら、語り合った。

聞くと、女は、男からこの女を奪った男と別れたそうだ。

その男は、他にも女を作っていたらしい。

そして、女は、いくらカッコ良くても浮気な男より、たとえどんくさくても一途に自分を愛してくれる男の方が好きだということを言った。

男が「 俺のことをどんくさいと思ってるの?」と聞くと、女は「 そんなことはないわよ。」と言った。

「 俺は、キミを一途にどこまでも愛せるぜ。」と男が言うと、女は嬉しそうに「 まぁ、嬉しい!」と言った。

そこで、二人は、かつて約一年間付き合ってもなし得なかったこと、即ち、初キスをした。


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