327.聖女握手会

「やーっと着いたか……」

「とうちゃーく!」


 スターレイ王国から揺られて、休憩を挟んでいるとはいえ数日かかる移動……エメトは背中を伸ばしながら、キュアモはそんな様子を感じることもない元気の良さで馬車から降りた。


 トラウリヒ神国西部。前線から最も平和な町モノロにカナタ達は到着した。

 町の建築物はどれも真っ白な家に赤い屋根を基調として、町全体での統一感を出しながら窓枠の色を塗ったり、窓に花を飾ったり、看板や表札のデザインや建物の意匠を個性的なものにしたりと、観光地として守るべき景観と住人の個性がバランスよく調和して光っている。

 教会だけは特別なのか他の建物よりも背が高く、青い屋根になっていた。


「お貴族様の馬車だから座り心地はいいけど、移動の長さは大して変わんねえのな」

「当たり前ですよ……」

「もっと魔法とかでびゅん! っていくのかと思ってたぜ……何せ奥様は俺達が油断しているところに唐突に現れるからよ……」

「母上は行動力が違いますから」


 先に降りていたカナタに愚痴りながらエメトは自然と肩を組む。

 主人を舐め腐っているような行動にも見えるが、密着していれば主人を庇いやすいという意味で効率的な護衛とも言えるだろうか。

 隣のルミナが無言でエメトを見ていることには気づかないほうがいいだろう。


「旅行なんて初めてめて! カナタくんありがと!」

「いえ、こちらこそパセロスと引き離してしまってごめんなさい」

「いいんだよ。もう家に縛られることもないんだし、いつまでも姉弟で引っ付いてるわけにはいかないもんもん。今回の件はただのきっかけだよだよ」


 招待されたのはカナタとルミナではあるが、少数なら同行者がいてもいいということでエメトとキュアモは今回の旅行に護衛として同行している。

 エメトは情報面の、キュアモは戦力面の護衛として。

 片やチンピラ、片や小柄な女の子。一見するとどちらも護衛には見えないが、どちらもカナタへの忠誠は揺ぎなく、実力もある人選だ。

 もっとも、カナタは忠誠がどうのなど微塵も考えてはいないのだが。


「つーか、キュアモさんよ……あんたカナタに敬語使えよ。ちょっと馴れ馴れしいんじゃねえか?」

「何その豪快なブーメラン!? 自分の今の姿よく見てみたらたら!? 鏡持ってくるくる!?」

「俺はいいんだよ。最初と態度変えなくていいって言われてんだからよ! ぎゃはは!」

「私もいいの! カナタくんとは、そう! マブだからから!」


 先日初対面だったはずのエメトとキュアモもどうやら打ち解けているようだ。

 護衛として同乗していた馬車の中で過ごすうちにその距離は縮まったらしい。


「よかった、二人共仲良くなったみたいで」

「仲が……いいんでしょうかあれ……?」

「ええ、楽しそうですから。ああやって遠慮なくできるのは仲がよくならないとできませんよ」

「遠慮なく……ですね」


 カナタの目の前で行われるエメトとキュアモのくだらない言い合いは、カナタにとって微笑ましい光景だ。

 そんな光景が繰り広げられている中、ルミナはエメトがキュアモとの口喧嘩でカナタが離れた隙をついてカナタの手を握りにいった。


「……!」

「……」


 カナタが何を言ってくるか、ルミナは心臓をばくばくさせながら待つ。

その予想に反して、カナタは何も言わずに手を握り返した。

よほど嬉しかったのか、ルミナの顔は桜色――を越えて赤く染まっていく。

 真っ赤な顔と白い服……まるでこの町の建物のようである。


「んでよ……ありゃあいつ終わるんだ?」


 しかし、そんな騒がしいカナタ一行よりも騒がしい集団が四人には見えていた。

 エメトはキュアモの頭を抑え込みながら、そちらに視線をやる。


「聖女様! おかえりなさいませ!」

「聖女様に祈りを捧げさせてください!」

「聖女様! これ持っていってください!」

「聖女様おかえんなさい! 肉持ってくかい!?」

「はいはいこちらに並んでください! 今は多分三十分待ちくらいです! 慌てないでください! エイミー様は全員と握手してくれますよ!」

「みんな私に会えて嬉しいのはわかるけど落ち着いて! この町にはちょっとしかいられないけど、歓迎ありがとね!」


 広場ではエイミーがこの町の住民達に群がられており、ルイはそんな群がる住民達を列にして整理している。

 聖女はトラウリヒにおいてデルフィ教の象徴……国での人気は計り知れない。

 エイミーは留学する前、聖女として国中を回るのが仕事だったので顔を知られており、その親しみやすさから人気も高いようだった。


「確かにこの環境で育ったんなら、会ったばかりのエイミーがあんな自分中心の思い込みしてたのも頷けるな……」

「ですね……」


 少し呆れながら、カナタ達はこの集まりが終わるのを待った。

 住民達に愛されているエイミーの姿は嬉しそうであり、楽しそうでもあり、どれだけ住民が押し寄せても決して疲れた顔など見せることはなかった。




「いやー、待たせて悪かったわね! 食べて食べて! 私が用意したわけじゃないけど!」


 エイミーが住民達との交流が終わった頃には、すでに日が傾いていた。

 カナタ達はこの町の教会へと案内され、教会の隣に併設されている巡礼者用の館に案内されてそこで食事を振る舞われることとなった。

 テーブルには今日エイミーが住民達からもらった肉がローストされて並んでおり、野菜を使ったスープにサラダ、柔らかそうなパンもある。


「デルフィ教徒じゃない自分達に振る舞ってくれてありがとうございますフィッツ司教」

「いえいえ、何せ聖女様が外国で作られたご友人……それはつまりデルフィ教徒にとっても友ということです。どうか歓迎させてください。私は家庭料理しか振る舞うことはできませんが」


 この料理を作ってくれたのは教会の司教であるフィッツという男性だった。

 白い法衣を着た四十代の男性で緑色の髪で背丈はそこまで高くはない。エイミーの友人ということで、温和な笑顔でカナタ達を歓迎してくれている。

 家庭料理と謙遜はしているが、十分な量と豪華さだ。

 恐らく普段の教会でこのような食事はしていまい。エイミーが滞在することに加え、スターレイ王国の貴族が客ということで食材を大盤振る舞いしたに違いないだろう。


「待てよ……。ちょっと足りねえもんが……ねえか?」


 だがそんな豪華なテーブルを見て、エメトは足りないと断言する。

 一体何が足りないのか、他の全員には見当もつかない。フィッツ司教に至ってはその言葉を聞いて狼狽するほどだった。


「私やキュアモさんにとってはむしろ多すぎるくらいですけど……?」

「ルミナ様の言う通りだよだよ。これで足りないって、エメトくんって意外にわがままなのなの?」

「いや、量はありがたすぎるくれえだよ……けどな聖女さん」

「ん? なに?」


 エメトは真剣な様子で、このテーブルに足りないものを口にする。


「酒がねえぞ。持ってき忘れたでもしたのか?」

「デルフィ教徒はお酒飲まないから基本ないわよ?」


 瞬間、エメトは今まで見せたことのないような表情を浮かべた。

 まるで別の星から来た人間を初めて目撃したように、わなわなと体を震わせる。


「どうやって……生きてるんだ……?」

「この通り何の不自由もなく生きてますけど!?」

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