228.叙爵の場

 二ヶ月ほど前……カナタの叙爵はヘルメスの提案もあって極秘に行われた。

 登城するなりカナタは服を奪われ、装飾がごてごてとした貴族服に着替えさせられると応接室へと。作法に自信がないカナタは謁見の準備が整うまで、城の人間に流されるまま待っていた。

 あまりの慌ただしさに王城の大きさに驚いている暇もなく、ヘルメスに呼ばれるまでの記憶はほとんどない。


「ほれカナタ、謁見の……お主、そんな風に緊張できるんじゃな?」

「いや……下手に動くと詰め込まれた作法が頭から落ちてしまいそうで……」

「とりあえず膝ついてはいはい言っておけばよい。今回は周りに邪魔な貴族もおらんしな」


 謁見が極秘に行われたのは無論カナタのため。

 カナタは魔術学院をメレフィニスの魔の手から救うという功績によって叙爵することとなったが……基本的に成人前で叙爵するのは功績によるものではなく、親が不幸にあったなど特殊なケースであることが多い。今回のように真っ当な功績でというのは稀だ。

 貴族は人格者ばかりではなく、むしろ腹の中に黒い物を抱えている者も多い。

 叙爵の場に他の貴族が出席すれば、カナタに対してあらぬ事を考える貴族もいるだろう。そういった事態をできるだけ減らすべく、ヘルメスの計らいで今回は極秘に行われることとなった。

 噂自体は広まるだろうが、それでもカナタへの被害は大分減らせることだろう。


 ヘルメスに連れられて、カナタは謁見の間へと。

 長い廊下を進んだ先にある大きな扉が開くと、ヘルメスに促されてカナタは進む。

 進む先に見える玉座に座っている王、その周囲には王の親族と側近のように立つ壮年の男性が立っている。他には今回の場を用意した関係者であろう人物が数人いただけだった。

 カナタは玉座に向かうように敷かれたカーペットの切れ目まで進むと、膝を突いて頭を下げる。


おもてを上げたまえ」


 頭の中に響くような声に少し驚きながらカナタは顔を上げる。

 大国を纏める王の声は耳の奥にまで響くように重く、どこか威厳を纏っているように聞こえた。

 王の近くには第一王子であるファーミトンと久しぶりに顔を見た第七王子アクィラが立っていた。知らない顔が二人いるが、恐らく他の王子王女だろう。

 玉座に座る王はファーミトンやメリーベルと同じように鮮やかな金髪にがっちりとした体格をしており、頭に戴く豪奢な王冠よりも遥かに存在感を放っていた。

 目の前に王がいるというのは平民時代には考えられないことであり、カナタは少し遠くに来てしまったような感覚に陥る。


「カナタ・ディーラスコ。この度は大儀であった。ヘルメスもここまでご苦労」


 カナタは少し忘れていたが、隣のヘルメスをちらっと見た。

 ヘルメスは宮廷魔術師だが、流石にこのような場では臣下の礼を取るらしくカナタと同じように膝をついている。


「第二王女による魔術学院の陥落……優秀な人材を育成する我が魔術学院を掌握しようとするのは国家転覆に等しい。これが成功すれば我が国と他国との関係も変わっていただろう。よくぞこのような恐ろしい計画を防いでくれた。

この功績をもって、カナタ・ディーラスコには男爵の位を授ける」

「ありがたくお受けさせていただきます」


 事前に聞いていたのは子爵だったはずだが、王の声に異論を唱える気はない。

 何故かという疑問はあるが、カナタはそのまま受け入れる。ファーミトンのほうを見れば申し訳なさそうに手を小さく動かしていた。恐らくはどこかで揉めたのかもしれない。


「カナタだけでなく、この素晴らしい少年を育てたディーラスコ家にも別途褒賞を与える。向こう二年の税の免除、そして今年メレフィニスに充てられる予定だった予算の三分の一を送ることとする」

「ありがとうございます」


 伸びた背筋に綺麗な礼。毅然とした態度。

カナタはこの場をつつがなくこなしたように見えるが、


(税の免除ってなんだろ……?)


 頭の中はそんな平民らしいことを考えていた。

 これがどれだけの得になるかカナタが理解するのはまだ難しい。


「……ここからは、王ではなく父として君に問いたい」


 カナタがそんな事を考えると、王は玉座から立ち上がった。

 予定になかった行動だったのか王以外が少し動揺しているように見える。

 王はカナタの前まで行くと立ち上がるよう手でジェスチャーしたので、カナタは恐る恐る立ち上がった。妙な圧迫感がある。


「ここからの発言で君が何を言おうとも不敬を問う気はない。どうか言葉を選ばずに答えて欲しい。君が戦ったあの子についてだ」

「メフィについてですか?」

「メ、フィ……!?」


 王だけではなく謁見の間にいた全員がざわつく。

 アクィラは驚愕で目を見開き、その隣にいた少女は悲鳴を上げた。

 大木の幹のような不動の雰囲気を持つ王ですら、戸惑いで足下がぐらついたように見える。


「君は、あの子とどんな関係だったんだね」

「友人です」


 カナタは続けて即答した。

 国家転覆を計った大罪人メレフィニス……その友人であるということを堂々と。


「友人なのに、君はあの子を止めたのか?」

「友人だから止めたんです」


 またも答えに迷いはなかった。

 王の視線を前にカナタは一歩も退かない。


「ああ、そうだな……そうだった。そういうものだ。あの子に……」

「……さっきから」

「ん?」


 退かないどころか、カナタは強い感情を視線に込めて王を見ていた。

 その視線に込められたのは怒りだった。

 礼法で包んだ王に傅く国民という皮を自分で剥いで、メレフィニスの友人としての姿をカナタは見せる。


「さっきからあの子あの子……自分の娘の名前を呼べないんですか?」


 荘厳な謁見の間に、身の程を弁える気のない怒りが迸る。

 言葉遣いこそ丁寧寄りだが、明らかに無礼な物言い。それでも、メレフィニスの願いを知るカナタは言わずにはいられなかった。

 そのカナタの姿に同行していたヘルメスもカナタに叙爵の提案をしたファーミトンも驚愕して、アクィラだけが嬉しそうに微笑んだ。


 部屋の空気がひりついて、妙な緊張感が漂う。

 王の威厳が支配していた空間を、少年の剥き出しの感情が掌握した。

 謁見の間にいた数人がカナタを捕らえる号令を待っている中……王はカナタの肩に手を置く。


「そうだ。そうだな。我だけは、どんな娘であろうともメレフィニスと呼ばねばな」

「無礼な物言いをして申し訳ございません」

「いいや、礼を言う。危険なものだと遠ざけ続けて、大切なものまで遠ざけていたのだと……。王としては正しかったのだろうがな」


 王は少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。

 それは父としては間違いだと言っているかのような。


「だが国とはそういうものだ。我は父よりも王であることを選び続ける」

「……」

「カナタ。これから多くを学び、相手にも立つべき場所があることを知れ。その優しく、正しい怒りを有効に扱えるようにな」

「ありがとうございます」


 王はカナタの肩を嬉しそうに叩くと、豪快に笑った。


「このような気概がある若者がもっと欲しいものだな。我の顔色を窺う奴等ばかりでうんざりしていたが、カナタのような若者がいるなら我が国の未来はさらに明るい。メレフィニスが罪人でなければ降嫁こうかさせたかったな」

「こうか?」

「ぶふぉ!」

「お父様、それは……」


 王の言葉にヘルメスは噴き出し、ファーミトンは呆れる。

 謁見の間にいた他の者のざわつきは先程カナタが無礼な物言いをした時の比ではない。

 本気か冗談か。王の真意はどちらなのかと探りそうにしていた。

 一人だけ、カナタだけは意味がわからず王に問い返す。


「申し訳ございません。こうかとは……?」

「嫁にやる、ということだ」

「え」


 カナタは少し驚いたかと思うと、微妙な顔を浮かべる。


「メフィの意見を聞かずにそういうのは駄目だと思います……」

「はっ! 違いない違いない! そうだな! 本人がいない場でする話ではない! いや気に入った! 気に入ったぞカナタとやら! ヘルメス! いい子供を連れてきたじゃないか!」

「はは……わしは肝が冷えましたぞ」

「しばらく経験していなかったろう。よかったではないか」


 ヘルメスの苦笑いが珍しいのか、王は満足そうに玉座に戻る。


「先程も言った通り今の会話でカナタを不敬に問うのは禁ずる。これは王としての命令だ……いいな?」


 王の号令で謁見の間にいた全員が膝を突く。

 玉座の隣に立っていた王子王女も、側近も他の関係者も全て。

 遅れてカナタも膝を突き……謁見の時間は終わったのであった。

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