24.自分に出来る事といえば

「俺が魔術使えるようになったのってやっぱ変なのかな……?」


 自室で魔力操作を行いながらカナタはぼやいた。

 両手に、両足に、右手に、右足に、と順に魔力を移動させていく。

 遠く離れていてもグリアーレに習った魔力操作の練習は怠らない。

 カナタは第三域の魔術を使えるが、未だ魔術師のように無意識にとはいかない。

 ディーラスコ家に来るまでの旅の間でも、空いた時間は常に魔力を全身に張り巡らせ、こうして寝る前には魔力を集中させるのを日課としていた。


「魔術書を読めばいいって……こんな便利なものあったら、そりゃ魔術滓ラビッシュからなんてそりゃ変って思われるかー……」


 教本を開けば、そこには第一域の術式の紋様が大きく描かれている。

 魔術滓ラビッシュから術式の断片を読み取らずともこれを脳内で描き、イメージしながら魔力を通せば、後は術名を唱えるだけだ。

 ブリーナ曰く、第一域は才能のある者なら一時間もあれば一つは習得できるという。


「俺は結局二時間もかかっちゃったな……普通? くらいなのかな?」


 ブリーナの反応から自分がどんなものなのかを推測することはできなかった。

 出来る魔術を見せて欲しいと言われたから見せたら……何故か本心を隠すように接し方がよそよそしくなってしまった。

 もしかしたら、多くの生徒を見てきたブリーナからすれば自分は期待外れだったのかもしれない。

 そんな不安がカナタの胸中を襲う。


「……みんな、どうしてるかな」


 はっ、とカナタはぶんぶんと頭を横に振る。

 夕食を終えて湯浴みも終わり、一人となった部屋で不安に駆られて寂しさまで顔を出してきた。


「才能なんてなくて当然なんだ、うん。ちょっと最初の魔術の覚え方が変だったからラジェストラ様に目を付けられただけだし……うん、当たり前だ。今日一個覚えただけ頑張ったぞ俺……!」


 マイナスに行きかけた思考を何とか引き戻しながら自分を励ます。

 そんな風にカナタが不安がっている一方で、ブリーナが自分のような凡人にカナタを教える自信が無いとシャトランに零していた事などカナタは当然知る由もない。


「基礎文字を覚えれば、本も読めるようになってもっと……覚えるのも早くなるだろうし……。母上の作法の授業も、所々はグリアーレ副団長から教えて貰った事があるのもあって思ったより何とかなりそうだし……!」


 一日目にしては上出来だ、とカナタは自分に言い聞かせる。

 しかし……このままのペースでいいのか?

 自分は時間が足りないとまで言われているのに、最初から普通をこなしたままでいいんだろうか?

 戦場漁りであった時、自分の取り分を自分で取りに行ったからこそ、野垂れ死ぬはずだった子供達は傭兵団の戦場漁りである事を認められていた。子供に甘いグリアーレですら、ノルマだけは守らせていた。

 それは守られたり与えられるばかりの人間にはしたくなかったのだろう。


「戦場漁りの時は金目のもの拾えればよかったけど……ここで何ができるんだろうなぁ……」


 貴族の家が裕福だろうが、突然連れてこられて不安を覚えないわけがない。

 一日目を何事もなく過ごせた安心と、これからの不安がごちゃまぜになったまま……カナタは疲労でいつの間にか眠っていた。







 カナタがディーラスコ家に来てから二週間ほど経って……カナタは正式に家庭教師となったブリーナの授業を受けていた。

 一日目の夜に抱いた不安は解消されぬまま、日々の基礎教育の大変さに二週間食らいついている。

 ただ……自発的に何かを、という段階にまでは中々いけない。

 傭兵団にいた時とは別の部分で疲労が蓄積されて、不安はさらに大きくなっていく。


「そういえば、シャトラン様から聞きましたよ」

「何をですかブリーナ先生?」


 いつものように部屋で教本を開き、魔術についてを解説されている中……一息つこうというタイミングでブリーナが話を切り出した。

 基礎教育も進み、ほんの少し教本に書いてある字が読めるようになったカナタは教本を凝視している。


「カナタ様は魔術滓ラビッシュ集めが趣味だとか」

「はい、そうです……変だって言われました」

「確かに変わった趣味かもしれませんが、人の楽しみは人それぞれですから。私も料理するのが好きですが、夫は料理人にやらせればいいだろう、と料理する楽しさをちっともわかってくれませんわ」

「俺、料理を手伝った事はあります!」

「あら、では今度うちに招待した時には一緒に料理をしましょうか」

「はい、嬉しいです! 是非お招きください!」


 カナタの笑顔にブリーナはほわっとほだされて笑顔になってしまう。

 いやそうではなく、とブリーナは内心で仕切り直す。

 カナタが魔術滓ラビッシュから魔術を習得したという話を聞いて、ブリーナは家庭教師としてカナタの成長に自分がどれだけ手助けできるかを考えていた。

 平凡な魔術師である自分は革新的な授業をする事はできない。いや許されていない。

 なにしろ、自分が求められているのはカナタに魔術師としての基礎を叩きこむ事。

 カナタに普通の経緯で魔術を習得させる事で、魔術滓ラビッシュから魔術を習得した異質な経緯を少しでも解明しやすくするためだ。


「うふふ、では私の趣味に付き合って頂くお礼に……私もカナタ様の趣味をほんの少しだけお手伝いできる情報を」

「情報、ですか?」


 ……しかしブリーナは考える。

 "領域外の事象オーバーファイブ"かもしれないこの子に普通の教育だけを施すのはあまりに勿体ないのではないか。

 教師とは、生徒の才能を伸ばす者。

 ならば、普通の教育とは別にカナタ自身の特異さにも触れていくべきだと。


「はい、騎士団の魔術訓練場を見学した事はありますか? そこには訓練の時に多くの魔術滓ラビッシュが見れますよ」

魔術滓ラビッシュ……貰っても怒られないんですか?」

「うふふ、おかしな事言うのですねカナタ様。魔術滓ラビッシュを貰ったからと怒る方などいるわけありません。あれは消えるまで処理に困るのが定番なんですから」


 日々の忙しさに追われて、今カナタが魔術滓ラビッシュに触れる事など無い。

 カナタにとっての魔術の欠片。綺麗な輝き。

 自分に何ができるか、と考えていたカナタにとってここに来た理由の一つでもある魔術滓ラビッシュには心惹かれるものがある。

 よく考えてみれば、自分は魔術滓ラビッシュから魔術を習得したという物珍しさで養子になれと言われたのだ。


「それに、私の魔術で魔術滓ラビッシュを作って差し上げましょう」

「ブリーナ夫人でも魔術滓ラビッシュが出てしまうんですか?」

「しっかりコントロールが出来れば魔術滓ラビッシュはわざと作れるんですよ? 魔力操作や術式の構築をわざと乱すなんて意味がないので誰もやりませんが……カナタ様へのプレゼントを作れるのですからお安い御用です」

「わざと……! なるほど!」


 わざと魔術滓ラビッシュを作るなんて発想はカナタもなかった。

 ブリーナの提案にカナタが目を輝かせていると、ブリーナはすっと立ち上がる。


「では一緒に行きましょうか」

「行く……?」

「ええ、丁度この時間はディーラスコ家の騎士団の訓練の時間……授業と称して魔術の訓練の様子を二人でこっそり覗きに行ってしまいましょう……どうです?」


 ブリーナが内緒話をするようにそう提案すると、


「行きます!」


 カナタもまた元気よく立ち上がって、ブリーナをエスコートするように手を差し出した。

 ロザリンドからの作法の基礎教育のほうもどうやら順調のようである。

 なにはともあれ、魔術滓ラビッシュの話題を出されたカナタが少し元気になったのを見てブリーナはくすりと笑った。

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