【番外編】 第六話

紅白戦で先輩たちからのキックオフで始まり、中盤の選手が大きくボールを蹴り出した。宙に浮いたボールが太陽と被り、俺は目を細めてしまう。間中ではない一年生のボランチの選手と二、三年生のフォワードの選手が空中で競り合い、競り勝った先輩が右サイドハーフの先輩にパスを出した。


「凌太、追え!!」


透真の声が聞こえた。

いつもよりも遠くからの声に少しだけ違和感があったが、俺は「わかった!!」と応え、俺の前を駆け抜けて行く右サイドハーフの先輩の背中を追う。


俺はそれなりに足が速い自信があったが、先輩の背中はなかなか縮まらない。だが、簡単に置いて行かれるわけにはいかない。

左サイドバックの一年生とアイコンタクトで合図をして、俺は先輩をコートの内側に入れないように後ろから追い、左サイドバックの一年生が待ち構える場所へと追いやっていく。


このまま止められる。


しかし、先輩は俺たちが仕掛けた罠に気が付いたらしく、急に後ろに切り返し、逆サイドにパスを出されてしまった。


「くそ」


俺は小さく呟くと、遠くへ飛んでいくボールを目で追ってしまう。


「凌太はそのまま七番を追え!間中は五番を!渡辺はそのまま前で待っていろ!!」


透真の的確な指示がコート中に響き、俺は慌てて視線を後ろに移した。

俺が数秒前まで追っていた七番の先輩がゴール前に向かって駆けているのだ。透真に言われなければ気が付かなかった。


ボールを保有していない七番の先輩は、ぐんぐんとスピード上げて、俺は簡単に離されてしまう。こんなにも速さが違うのか。

一瞬諦めて追うのを辞めようか、という考えが過った。しかし、俺の足は止まらなかった。もう追いつけないとわかっているのに。


逆サイドでボールを蹴る音が聞こえた。しゅるり、とゴール前に飛んでくるボールに七番の先輩はシュートモーションに入っていた。


まずい。


俺は絶対に届かないのに、スライディングをして悪あがきしてやろうかと思った。だが、俺の視界の端に透真が見えた。


「悪いですけど、止めさせていただきますね!!」


透真は七番の先輩に渡るはずだったボールをカットした。そして、渡辺くんが待っている前線へとボールを大きく蹴り出した。

俺は止まろうと思ってから二、三歩動いてしまってから、体を反転させ、ボールを受け取った渡辺くんを見た。


ぐんぐんと加速して、先輩たちを置き去りにする渡辺くんの背中は遠くなっていく。そして、最後はゴールキーパーを翻弄してから、パスを出すようにボールを転がして点を決めた。


「おおおおおお!!!」


ほとんどの一年生が大声をあげた。

一点も決められないんじゃないか、と誰もが思っていたのだ。俺ですらそう思ってしまっていた。

だけど、一年生のチームが先制点を取ったのだ。


勝てる。

そう思ってしまった。

だけど。


「来る」


間中くんがぼそりと呟いた通り、そこから防戦一方だった。というより、守れてはいなかった。前半で簡単に三点を奪われてしまい、ボール保持率も先輩たちが九割を占めている。

透真たちが取った先制点が霞んでしまうほどだった。


紅白戦の前半の終わりを告げるホイッスルが鳴り響き、俺たちは太陽に焼かれるゾンビのようにベンチに戻って行った。


体力が違う。

体格が違う。

技術が違う。

戦術が違う。

経験が違う。

何もかもが違う。


隣に座る透真でさえ、タオルを頭から下げて項垂れてしまっている。


「さぁて、どう攻略するかー」


渡辺くんは腰に手を当てて、体を逸らしながら言った。

俺も渡辺くんの視線の先を追うと、澄んだ青が覆っている。下を向いたままでは勿体ないと思った。


「先輩たちの攻撃は若林が止めてくれるだろうし、あとはどう攻めるかだよな」


青が下まで落ちてきて、俺たちを包んでくれたような気がした。

そして、その原因を作った渡辺くんが間中くんに視線を移した。


「間中はどう攻めれば良いと思う?」


「…………攻撃と守備関係なく全体を通して思ったのが、両サイドハーフの亮と小西君が大きく開きすぎているんじゃないかなって。だから、中央にスペースができて、簡単に中央突破されていたと思う」


渡辺くんの問いに、間を開けて間中くんが答えた。

しかし、名前をあげられた波多野くんが間中くんの前に顔を出した。


「瑞希、俺そんな開いていたか?」


「うん。亮はおそらくこの前の一年生同士の紅白戦で、サイドに開いてアシストしたという結果を残せたせいで、そのイメージが脳裏に焼き付いてしまったんだと思う、あの時のことは一切忘れるべきだと思う」


「かなり重い正論パンチ……だ」


お腹を抑えた波多野くんは死んだふりをした。

しかし、間中くんはそれを無視した。


「それで両サイドの二人をなるべく広がらずにスペースを消して、中央突破をされることだけは避けるようにしよう。そうしたら、おそらく先輩たちは体格を活かした空中戦を挑んでくると思う」


「空中戦はどうする?俺が下がったほうがいいか?そうしたら守備の平均身長も少しは上がるだろ」


渡辺くんが自分を指さしながら間中くんに問いかけたが、間中くんは首を横に振った。


「渡辺君が下がったところで眉唾だと思う。だから…………」


間中くんが思いついた戦術が語られた。誰もが思いつかないようなものだったが、しっかりと練られているのがわかった。

ああ。間中くんもすごい人だ。

俺にはそんなことは思いつかない。

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