13階のシンデレラ
緋雪
第1話
こんな古ぼけたビルには珍しく、エレベーターに大きなガラス窓がついていた。もっとも、入口側の窓だったから、外側の風景を楽しむことはできなかったけれど。
13階に住んでいた。「縁起でもない」友人たちは口を揃えて言ったけれど、私はクリスチャンではないし特に気にもしていなかった。
日本でも駐車場に4の数字のスペースがなかったり病院にも4号室や9号室がなかったりする。なければ利用できないだけで、あれば別に気にすることもなく私は使うだろう。
かつては余り治安のいい所ではなかったようで、この安いアパートメントには、今でも時折、住人以外の人がエントランスや廊下に座っていたりもして、13階なんて縁起の悪さよりも、そっちの方が遥かに不気味だった。ただ、
「最近は随分治安も良くなってね、隣にはエレメンタリースクール(小学校)もできるんだよ」
部屋を紹介してくれた年配の管理人の女性が、ニコニコして言っていたので、それを信じて借りることにしたのだった。
時々ギシギシと音をたてるエレベーターは4人乗ったらいっぱいで、のろのろとしか昇降しなかった。大きな荷物を持って出張にいかなければならない時などに、上の階から降りてきた男性にジロジロと見られると、留守の間に、彼に部屋に入られたりしないだろうかとビクビクもした。
だから、いつもエレベーターが13階に止まると、自分の部屋なのに忍び込むように入り、明かりをつけ、いつもの部屋で誰の気配もしないことで、ホッと胸を撫で下ろしたものだった。
部屋を借りてすぐ、隣の建物が建て替えられ、エレメンタリースクールになり、その隣の空き地に校庭ができた。
開校して間もない頃、女の子たちが私の方を見て何か喋っているのを見かけた。
首を傾げていると、その輪の中の一人が勇気を振り絞ったかのように、私のもとにやってくる。
「あなた、日本人?」
「そうよ。どうして?」
「……それ」
彼女が指さしたのは、私のバッグにぶら下がっていた日本発のキャラクター。今では世界的に有名だ。しかも、これは日本の地域限定バージョン。私の親友がお守りだから、ってプレゼントしてくれたもの。
「ちょっと待って、私幾つだと思ってるのよ、これつけて仕事に行くの? ……痛いなぁ」
なんて笑いながら貰ったものだった。
仕事用のバッグにつけるには可愛すぎるお守りだった。いつもなら出勤時には外して、ポケットに入れていたのだが、外すのを忘れることはしょっちゅうで、気恥かしい思いをすること度々だったのだけど。
「凄く可愛いわ! そんなデザインの物は見たことがないもの」
他の女の子たちも、わらわらと集まってきた。
私は、これが地域限定の物で、親友が贈ってくれたお守りであることを話した。
「そうなんだ。素敵ね、あなたのお友達も、その子も!」
そういうわけで、外すのは、エレメンタリースクールを過ぎて暫く行った辺りにすることにした。
随分と小さなお友達と朝早くすれ違うとき、笑顔で挨拶を交わすようになったのは楽しかった。子供たちの笑い声やはしゃぐ声、駆け回る足音。それらは街を明るく彩った。中には不快に思っていた人もきっといただろう。それでも街の治安は確実に良くなっていた。
周りの大人たちは皆で協力して、子供たちの安全を見守ろうとしているようだった。
しかし、その眩しいほど平和な風景は5年と続かなかったのだ。
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