宮中晩餐会

 治からの壮大なネタバレを食らった結果、伊吹は開き直り、マヤにどのように接すれば良いかと悩んでいた気持ちが吹き飛んでしまった。

 どうせ上手く行くんだし、グジグジと悩んでも仕方ないと思ったのだ。


 マヤが来日して二日目。マヤが内閣総理大臣との懇談をしている際、伊吹はマヤの隣に座り会話に交じって、式部しきぶ姉妹から教えられていた国際情勢などについて語り合った。

 伊吹に対するマヤの態度は素っ気ないものが多かったが、伊吹の元いた世界にはツンデレヒロインやクーデレヒロイン、仲良くしたいのになかなか自分から行けないヒロイン、最初は何かの勘違いから嫌っていたが誤解が解ける事で惹かれていくヒロインなど、伊吹は様々な性格のヒロインを知っている為、さほど気にならなくなっていた。

 むしろ、マヤは少なくともクーデレではないな、などと内心で分析し、それなりに楽しんでいた。


 内閣総理大臣との懇談後、宮中晩餐会が開かれた。

 この世界の晩餐会において、異性の隣席者(パートナー)と二人で参加する、という古来からの儀礼を守る事は不可能なので、マヤが単独で参加予定だった。

 伊吹は晩餐会という社交の場にまだ出た事がなかったが、いずれは出席する必要がある事、そしてマヤがどんな反応を見せるだろうかとヒロインを攻略する楽しみから、出席する事を心乃夏このかに伝えた。


 マヤは迎賓館に与えられた客室まで迎えに来た燕尾服姿の伊吹を見て目を白黒させていたのだが、伊吹が手を取って歩き出すと、素直について来た。

 会場到着までマヤは終始無言だったが、伊吹とマヤの登場に、晩餐会出席者である女性達がキャーキャーと姦しい声を上げた事で、ようやく我に返ったのか、引き攣りながらも笑顔を浮かべていたのだった。


 異性の隣席者と出席する、という概念がなくなっている為、伊吹とマヤの席は離れていた。伊吹はまるで披露宴の高砂のような席に一人で座らされ、マヤは招待客の一人というような距離感だった。

 出席者である他国の大使や有名企業の役員達などが代わる代わる挨拶に来た為、マヤとゆっくり話す事が出来ずにいるうちに、決められていた時間になってしまい、伊吹は一人で退席した。

 男性がその場にいると、注目を集め過ぎて要人同士の会話が出来ないからというのが理由だ。


「どうせだったら燈子とうこと二人で出たかったな」


 皇宮内の自室へ戻り、里美さとみに燕尾服を脱がしてもらいながら愚痴る伊吹。里美は去年の結婚の儀の前夜、伊吹が抱いた巫女のうちの一人だ。伊吹が皇宮で過ごす際は、身の回りの世話を巫女達が任されている。

 ちなみに、あの夜で紅葉もみじ雪羽ゆきはという二人が妊娠している。


「伊吹様主催の晩餐会の際は、燈子様とご一緒でも問題ないかと」


「世界の王族達が真似するかも知れませんね」


 教子のりこつかさも、マヤを迎えに行った事を含めて晩餐会での伊吹の振る舞いを絶賛しているが、本来の晩餐会を映画や小説などの作品の中で知っている伊吹としては、こんな程度で良いのならいくらでも出席出来るなと考えていた。


『親父殿、もうすぐ摩耶お母様の先触れがこの部屋を訪ねて来る。摩耶お母様が親父殿と話がしたいそうだ』


 いつもの和装へと着替え終わり、ひと息ついている伊吹に対し、治が報告する。


「こんな時間に話だけか? って思うところだけど、何となく本当に話だけで帰りそうだな」


「伊吹様、自ら手を出されてはなりませんよ?」


「あくまで王女殿下が切り出されてからです」


 大日本皇国としては、あくまでアルティアン王国の第二王女が伊吹親王殿下にお願いして抱いてもらった、という形を取りたいので、先に手を出さないようにと式部姉妹は伊吹へ注意を促す。

 伊吹の精液は国家戦略における重要な資源なのだ。


「何もなかったら、その時は四人に相手してもらうよ」


 そんな軽口を言っていると、私室の扉にノックがされた。マヤの先触れだ。

 里美が赤い顔をさせながら対応し、治の報告通りマヤが話をしたいとの事だったので、伊吹は了承。

 しばらくして、マヤが部屋を訪ねて来た。


「このような時間にお時間を頂きまして、ありがとうございます」


「いえ、大丈夫です。寝るにはまだ早いですから」


 伊吹は部屋へ招き入れたマヤを応接ソファーへ座らせ、里美が用意した紅茶を勧める。マヤの格好は晩餐会のドレスのままで、客室へと戻らずに真っ直ぐ伊吹に会いに来た事が窺える。

 伊吹の言葉をどう解釈したのか、マヤは顔を真っ赤にさせて紅茶に口を付け、小さく息を吐いた。


「今日は部屋までお迎え頂きまして、ありがとうございました。このような体験が出来るなど、まるで夢の様ですわ。

 まるで絵本の中のお姫様になった気分でした」


 マヤはいつもの貼り付けたような作り笑顔ではなく、本心から喜んでいるのが伝わってくるような、柔らかな笑顔を浮かべている。


「伊吹殿下には失礼な態度を取ったというのに、こんな大層なおもてなしを受けて、自分が恥ずかしくなってしまいまして……」


「私がしたいと思ったからした、それだけですよ」


 伊吹も本心から答える。男がパートナーであるレディを迎えに行き、エスコートして会場へと入るという、前世の知識の通り行動しただけなのだ。


「私など、未だ自己紹介もしておりませんでした。アルティアン王国の恥と言われても仕方がありません」


 マヤはその場で立ち上がり、ドレスの裾を少し持ち上げて膝を屈め、伊吹へと頭を下げる。


「申し遅れました。アルティアン王国第二王女、マヤ・イノリ・アルティアンでございます。

 日本にいる際の私は、有手庵あるてあん伊乃里いのり摩耶まやという日系人です。

 どうか殿下には、摩耶とお呼び頂きたく」


 伊吹は立ち上がり、右手を差し出す。


「ご丁寧にありがとうございます、摩耶様。

 私の事もどうぞ、伊吹とお呼び下さい」


 摩耶は伊吹の手を取って、握手をする。


「ありがとうございます、伊吹様。私の事はどうぞ、摩耶と」


「分かった、摩耶と呼ばせてもらうよ」


 伊吹は微笑みを浮かべ、さぁここからどうやって寝室へと移動するべきかと考えていると……。


「すみません。明日早くに関西へと向かわなければなりませんので、これにて失礼させて頂きます。

 お時間を頂き、ありがとうございました」


 そう言って、摩耶は客室へと戻ってしまった。


「まさか本当に何もなく帰ってしまうとは思ってなかったな……」

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