回転寿司

 二日間の大喜利合宿の行程が全て終了し、百名の大喜利大会出場者も決定した。

 参加が決定したものの、急用や体調不良などで急遽不参加になる者が出る可能性を考えて、得点上位者を補欠出場者とする事も伝えてある。

 また、一日目のみ合宿に参加した八百人も含め、大喜利大会の合宿参加者席へと招待する事が決まっている。


「漫才を見せた反応もなかなか良かったな。これはお笑い養成所を開く必要があるんちゃうか?」


「誰が講師をするんだよ。教えるのはジャズダンスと演技と殺陣とフラメンコと日本舞踊か?」


 えいノ塔、VCスタジオ内の配信スタジオにて、合宿生達へ向けての限定生配信を終えた伊吹とマチルダがやいやいと言い合っている。

 メアリーがその光景を見て、自分の子供が転生者同士とはいえ、副社長である伊吹に食って掛かっているように見えていたのは、漫才という文化がある世界の二人だから成立するやり取りだったのだと納得する。


 今までメアリーは、マチルダがやたら副社長へ突っ掛かる、馴れ馴れしい、対等な立場として会話をする、などと冷や冷やさせられる場面が多々あったのだが、ボケとツッコミという共通認識がある上でなら、ある程度砕けた物言いや失礼に聞こえるような内容であっても、割とすんなりそういうものだのだ、とメアリーでも受け入れる事が出来た。


「副社長、お疲れ様でした」


「あぁ、メアリーも立ち会いありがとう。このまま夕食を頂きに行こうか」


「今日の晩御飯は親子丼やで! ふわふわとトロトロでおいしいやろなぁ!!」


 マチルダが伊吹の腕を取ってニヤニヤしている。


「本日のお夕食は機械の試運転も兼ねて、回転寿司だと伺っておりますが」


 マチルダ付きの侍女、通称ばあやがマチルダの発言を訂正する。


「ちゃうねん、親子丼は母親と娘を同じベッドの上で食べるって意味やねん。まぁ晩御飯やなく食後のデザートて言うた方が良かったかもやけど」


 ここだ、とメアリーが判断し、マチルダの胸元へと手の甲を叩きつける。


「い、いや分かるかー!」


「いった!? ママ、ツッコミ強過ぎや!!」


「えっ!? ご、ごめんなさい。大丈夫?」


 メアリーが慌ててマチルダの薄い胸を撫で回す。


「きゃあ強引ねぇ、って止めなさい!」


「いや、私は単純に痛いって言われたから撫でてただけで……」


 わたわたするメアリーを見て、伊吹が笑いながら助けに入る。


「メアリー、マチルダも本気で嫌がってる訳じゃないよ。お母さんがツッコんでくれた事が嬉しくて、でもちょっと気恥ずかしくて騒いでるだけだから」


「いやそうやけど! そうやけど本人前にして言わんでもええやろ!!」


 メアリーがマチルダの顔をよくよく見ると、頬がほんのりと赤くなっている。

 そんなマチルダをメアリーは抱き締め、よしよしと頭を撫でる。マチルダはさらに恥ずかしがって、バタバタと手を振っているが、本気で逃れようとしているようには見えない。


「あの、副社長。漫才というのは誰でも楽しめるものなんですか?」


「漫才にしても大喜利にしても、こうでないとならないという決まりがあるようでないからね。

 だから誰でも出来るし、バスを待っている間に聞こえてくる二人の会話が面白かった、みたいなのの延長線上が漫才と言えるからね。

 ボケる人がいて、ツッコむ人がいれば、それは漫才だと言っても問題ないと思うよ」


「つまり、それってこの世界の私達も、知らず知らず漫才のような会話をしていたって事ですか?」

 

「その通りや、ママ。意識してボケる人は少ないかもやけど、ツッコミなんて意識してなくてもしてまうもんやしな。

 イブイブに絡んでるうちに対してママが怒るんも、ツッコミと言えなくもないし」


 マチルダはメアリーの腕を取って、楽しそうに会話を続ける。

 伊吹は少し羨ましそうな表情で、それを眺めている間に大食堂へ到着した。

 すでに回転寿司のレーンがOの字に組み上がっており、何も乗せられていない皿が回っていた。レーンの両脇にボックス席が設置されており、全部で八組が座れるようになっている。

 また、Oの字の内側には板前が入っており、今日握る寿司ネタの準備をしている。

 板前達が伊吹に気付き、手を止めて頭を下げる。


「皆さん、今日はわざわざ来て頂いてありがとうございます。

 この回転寿司というお寿司の形態は、一流の板前である皆さんにとっては気に入らないものかも知れません。

 将来的にはお寿司を握る板前がいなくても店舗運営が出来るよう、シャリを作るロボットを導入する予定です」


 伊吹の姿を見て喜んでいた板前達の表情が固くなっていく。


「しかし、非常に安価にお寿司を楽しめる、街中のお寿司屋さんへ行けない年齢の子供でも気軽に連れて行く事が出来るようになります。

 その結果として、たまには回らない寿司を食べに行こうかと、皆さんのお店へ行くきっかけになると思っています。

 決して街中にあるお寿司屋さんを脅かす存在にはなり得ません。

 それを踏まえて、まずは第一段階です。板前さんが握ったお寿司を、皿に乗せてレーンへ流し、お客さんがそれを取って食べる。

 僕も非常に楽しみにしていますので、今日はよろしくお願いします」


 伊吹が頭を下げた事で、板前達はそれ以上不機嫌な顔は出来なくなった。


「おっ、すごいやん。ちゃんと熱いお湯が出て来るとこまで再現されてるやん」


 空気を変えるかのように、マチルダがコップを手に取ってお茶の粉末を入れ、お湯を注いで席に座った。

 伊吹とメアリーも同じボックス席へと座り、夕食が始まるのだった。

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