伊吹ぃーず強化訓練所

 藍吹伊通あぶいどおり一丁目にあるスポーツジムの大訓練室にて、BrilliantYearsブリリアントイヤーズのメンバーと宮坂警備保障のスーツアクター達が訓練を行っている。


 魔法防衛隊BrilliantYearsブリリアントイヤーズの本投稿を始めるにあたり、スーツアクターを使うにしても本人達がある程度動けないと話にならないであろうという事で、こうして定期的に集まって身体作りをする事になった。

 本来はただの動画配信者であったBrilliantYearsのメンバーだが、副社長である伊吹の信頼を得て、認めてもらえるようにと進んで参加している。


 そんな彼女達が動画内で、魔法防衛隊隊員として変身した後のスーツアクターとして選ばれたのが、一緒に身体作りをしている宮坂警備保障の社員達だ。

 日頃から体力作りや武道の稽古をしている事から、伊吹が宮坂警備保障へスーツアクター部門を創設してもらえないかというお願いをしたところ、二つ返事で了承された。

 魔法防衛隊隊員として変身した後の撮影ももちろんだが、悪役として副社長へと害をなす敵対組織のスーツアクターも同じ部門が受け持つ事となる。


 そして、そんな訓練参加者に檄を飛ばすのは、この人物だ。


『ここはどこだ? そう、伊吹ぃーず強化訓練所だ!!


 君達に覚悟はあるか?

 ないなら帰れ、無理はするな。


 しかし、覚悟とやる気がある奴は絶対に見捨てない!

 頑張れば頑張るだけ褒めてやる。


 そして必ず皆で勝利するんだ。

 挫けそうな仲間を見たら何て声を掛ける?

 行ける! まだやれる! そう叫べ!!


 よし、行くぞ!!』


「「「伊吹ぃー↑↑↑!!!」」」


 スポーツジムのディスプレイに、Tシャツ短パン姿の伊吹が映し出されている。

 訓練参加者と全く同じ運動をしつつ、声を出して参加者を励ましている。

 ただ動画を通して声援を送るだけでなく、少なくとも撮影時の一度は自らも全く同じ訓練をしているのが見て分かるので、参加者のやる気に繋がっている。


『疲れた! しんどい! キツイ!

 俺もそうだ、でもここで止めたらもったいない!!

 せっかく身体が温まっているんだ、このままの速度で突き進むぞ!!』


「「「伊吹ぃー↑↑↑!!!」」」


 参加者はあくまで掛け声として、伊吹の名前を呼べる。普段であれば副社長、もしくは殿下という敬称で呼んでいる雲の上の存在の御名を口に出来る。

 それだけで力が沸いて来るものだ。

 参加者達は汗だくだが、表情はスッキリ爽やかそのもの。今だけ許される、頑張っているからこそ与えられるこの至福の時を楽しんでいる。

 辛い訓練があるからこそ伊吹の名を叫べる。これ以上やる気の出る掛け声はない。


『よし! 今日も良く頑張った!!

 皆で言うぞ、せーのっ!』


『大勝利ぃーーー!!!』

「「「伊吹ぃー↑↑↑!!!」」」


 なお、最後の掛け声も参加者は伊吹の名を呼んで訓練を終える。



 訓練が終わった後、宮坂警備保障の面々はすぐにシャワーを浴びに行くが、BrilliantYearsのメンバーは床に倒れたまま動けないでいる。

 訓練中は伊吹の励ましによって気持ちが昂り、いくらでも身体が動かせるのだが、その反動でしばらくは身動きが出来なくなってしまう。訓練が始まってまだそれほど日が経っていないので仕方がない。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

「み、水……」

「脇腹が痛い……」

「訓練前におやつ食べるからだよ……」

「副社長の夜のお供はもっと激しいらしいよ」

「それどこ情報よ」


 二階にかい如月きさらぎ三村みむら弥生やよい、 五条ごじょう皐月さつき七海ななみ文月ふみつき郡士ぐんじ霜月しもつき十文字じゅうもんじ神無月かんなづきが横になったままボソボソと会話をしている。


水無月みなづき長月ながつき極月きづきがこの訓練に参加してないのはおかしいよ」


「仕方ないだろ、うちらは離反組だ。今こうしてここにいさせてもらえるだけありがたいと思おう」


 霜月が、同じ時期にVividColorsヴィヴィッドカラーズへ所属が決まった六平むさか水無月みなづき九野くの長月ながつき石王丸いしおうまる極月きづきがここにいないのはおかしいと不満を口にするが、文月が言うようにBrilliantYearsはあくまでVividColorsという親会社の傘下に位置する子会社、イサオアールに所属している形になっている。

 水無月と長月と極月は一度VividColorsから脱退したものの、個人として活動を続けていた。伊地藤玲夢いちふじれむが立ち上げたゆめきかくへ移籍し、さらにイサオアールへと移籍した六人と扱いが違うのは当然なのだ。


「そう考えると、れーちゃんが一番ズルくない?」


「そう思うなら弥生ちゃんも全裸土下座生配信しなよ。我は嫌なのだ」


 ボソボソと会話を続けている間に、少しずつ脈拍が落ち着き、呼吸も楽になっていく。

 やいやいと言い合ってはいるが、全員が自分達がどれだけ恵まれているか理解している。

 ディスプレイに映っていた伊吹訓練隊長が言っていた覚悟がないなら帰れという台詞は、優しい気遣いであると共に非常に残酷な言葉でもある。

 伊吹は覚悟がなく、ただここにいたいだけの女性をおだててやる気を出させるような事はしない。

 やる気がないなら出て行け、ここには必要ないという事なのだ。


 やる気があっても能力があっても、ここ藍吹伊通り一丁目へと足を踏み入れ、ここで働く事が出来る女性は非常に限られている。


「……はぁ、幸せだね全く」


「うん、本当に」


 如月と皐月がよろよろと起き上がり、つられて他の四人も身体を起こす。ちょうどそれを見計らったように、大訓練室に胴着姿の子供達が入って来た。


「あー! BrilliantYearsの皆さんですよね!?」


「すごい、本物だ……」


「汗びっしょり、訓練してたのかな」


「ファンです! 応援してます!!」


 クタクタだった六人は、子供達に声を掛けられた直後から涼し気な表情を作り、子供達の声に応えて握手をしたり返事をしたりと対応をしてやる。

 マチルダから子供達からの声援への応え方などを徹底的に指導されている為、自然と身体が動いた。


「ゴメンね、そろそろ行かないとダメなんだ。またね」


 震える太ももを可能な限り隠して、六人は大訓練室を出て行った。その背中を子供達が見送る。


「明日も頑張るぞ」


「「「「「うん」」」」」

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