限定生配信:町村浪漫の大喜利合宿二日目
とあるファミリーマンションの一室。高校生になったばかりの
伊智花は頭に鉢巻きを巻き、自らの頬を叩く。事前に母親や友達に昨日と今日は絶対に声を掛けないでくれと言ってあるのだが、念には念を入れ、スマートフォンの電源を切った。
『はい、おはようさん』
伊智花も自分の勉強机の上で、キーボードを叩いてコメントを入力する。
≪おはようございます≫
≪今日もよろしくお願いします≫
≪よろしくご指導願います≫
『昨日の千人から選ばれた二百人の皆さん、おめでとうございます。
そして、今日も頑張って下さい。思い詰めず、楽しんでくれると嬉しいです』
浪漫のアバターの隣に、実写の副社長が表示される。これは録画されたものであり、生配信ではないが、合宿二日目参加者への声援として撮影されたものだ。
≪副社長とお会いする為に頑張ります!≫
≪絶対に生き残る≫
≪負けない≫
「もう一回、握手するんだ……!!」
伊智花は画面上の副社長を見つめ、気合を入れ直す。
『はい、ほな今日もやってこか。
二百人まで絞られた言うても回答全てを見れる訳やないから、早く回答を思い付いて、入力して、読まれんかったら切り替えて次の回答をするっていう風にしてもらいたいですねぇ。
早く答えればええ、数多く答えればええ、ってもんやないのは、ここまで残った貴女方はよぉ分かってる事や思うけど。
ほな、第一問行くで』
≪新人Vtunerジョー君の、生配信開始時の挨拶を考えて下さい≫
浪漫の隣に、デビュー前の新人Vtunerジョーが映し出される。赤みがかった茶色い頭髪に、肌は白色。目は二重で青色、鼻筋が通った爽やかそうなスーツ姿の男性だ。
『大喜利にも流れがあってね、最初は簡単で誰でも思い付きそうな事でもええのよ。それをいかに早く消費していくか。
自分が答える事で他の回答者の手札を奪っていくって事も意識していこか』
浪漫が大喜利を一つの試合とした場合の戦い方を、参加者へ教えていく。ただ戦わせるだけでなく、先達として後輩を、弟子を育てるかのようだ。
伊智花は、副社長が生配信の時にどんな挨拶をしていただろうかと考えつつ、キーボードを打ち鳴らす。
『ほな俺が選んだ回答を、実際にジョー君に言うてもらうで』
ジョーが浪漫へ向かって頷き、口を開く。
『ハーイ、ミナサン、コンニチハ、ジョーダジョー!』
「ぶっ! ……ハッ、こんなくだらない回答で笑ってしまった!?」
伊智花が思わず噴き出してしまい、悔しい思いをしてしまう。彼女が回答を考えている間に、人の回答で笑ってしまう事はほとんどない。
『はい、今思わず
これも一つの技術や。Vtunerなんやから流暢な日本語で話すやろていう思い込みをしてる受け手に向けた裏切り。これが決まるとウケるんよ。
しかも駄洒落を片言で言うさかい、余計に笑える。
ちなみに今のは事前に用意してた僕の回答なんで、これを考慮した上でどんどん回答を送って来て下さい』
「緊張と緩和だけじゃなく、予想に対する裏切り、か」
昨日習った事と踏まえて、伊智花は改めて回答を入力する。
『えーっと、じゃあこれ』
浪漫の指示を受けて、ジョーが口を開く。
『Hi! Me not sun , come niche war . Joe death!』
「よしっ!」
今読み上げられたのは、伊智花が提出した回答だ。
『はい、これは聞いてるだけじゃ分からんと思いますので字幕で出しますね。
回答者が入力したのはさっきの回答例に近い発音をする英単語を並べたものでした。
これはなかなか好きですねぇ、僕は。ただ瞬時にどれだけの人が理解出来たかってところが問題ではあるんですけど、僕は良いと思います』
「やった!!」
伊智花が思わず拳を掲げて立ち上がるが、すぐにそんな事をしている場合ではないと我に返り、再び手をキーボードに置く。
『じゃあ次はこれね』
『ジョジョジョジョー! ジョッジョッジョッジョー!!』
伊智花はすぐにベートーベン交響曲第五番第一楽章、運命の冒頭部分であると気付いたが、面白いとは思わなかった。
『勢いがあって良いと思います。最初の方の回答なら良いでしょう、最後の最後に出てくるのもアリかも。
その場その場で流れを考えて、流れに沿った回答を出してウケる。
もしくは流れをぶった切る回答がウケる場合もあるので、こればっかりはその時その時の空気を読んで回答して下さい』
「空気をよむ……、読むかな」
まれに浪漫は意味が分かりにくい言葉を発する時がある。「ウケる」や「スベる」や先ほどの「空気を読む」などの一般的ではない言い回しが出た場合、伊智花はノートに書き取るようにしている。
『はい次』
『三度の飯より砂が好き! ジョーです!!』
「これも駄洒落かな」
ジョーが話す間も伊智花は手を動かし続けている。
『これは三回っていう意味の三度と、英語で砂っていう意味のサンドを掛けた訳やね。
まぁ上手とは言い難いけど、こういうのもええよねって意味で。
はい次』
『Hi! I'm Joe , この世は無情!』
「また駄洒落か、引っ張られそう……」
伊智花は手を動かし続けているが、良い回答が出ている訳ではない。打っては消し、打っては消しを繰り返している。
『この世は無情の後にもう一個ええ感じのを付け足してたら良かったかなぁ』
「なるほどなぁ」
ブツブツと言いながらキーボードを叩く伊智花。母親と友達が部屋の扉に耳をくっつけて、中の様子を窺っている事を彼女は知らない。
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