第一回安藤子猫顔寄せ公式大会東京場所

伊智花いちか、待ってよ!」


 駅の改札を抜けて、一人の少女が走り、その後ろを四人の少女が追いかける。


「走らないで下さい、危ないですよー。顔寄せ大会へ向かわれる方は案内表示に従って左側を歩いて下さーい」


「ほら、落ち着いて!」


 大会スタッフを示す法被を着た女性が、伊智花を注意する。伊智花は素直に従って、早足へと切り替えた。

 駅から会場までは、参加者の案内係兼一般の通行人に迷惑が掛からないよう監視する係として、大会スタッフが点在している。


「やっぱりお母さんに送ってもらえば良かったんだよ」


「帰りも満員電車に乗らないとダメなのか……」


 伊智花を除く四人はすでに疲労困憊の様子だ。最寄り駅からすでに人だらけ。電車に乗る為に列に並び、電車内はぎゅうぎゅう詰め。乗り換えの駅でも列に並び、やっと到着したと思えば駅から会場までまた人、人、人。

 五人とも中学生であり、子供だけで遠出をした経験などない。また、住んでいる地域が都心ではない為、これだけの混雑を実際に目にするのは初めてだ。


 伊智花が第一回安藤子猫あんどうこねこ顔寄せ公式大会東京場所の抽選に応募したと聞き、四人も応募してみたところ、全員が当選した。大会開催の回を重ねるごとに抽選の枠を少しずつ増やしていると大会公式が発表しているが、それでもなかなかの確率だ。

 伊智花以外は同じ高校へ進学する、幼馴染五人組だ。


「伊智花、ホントに志望校受かっちゃうんだもんなぁ。離れるの寂しいよ」


「家から通うから会おうと思えば毎日会えるよ?」


「高校が別になるのが寂しいって言ってんの!

 もう一緒に大喜利の答え考えられないじゃん……」


「いや、だから家で会えるって言ってんじゃん」


 伊智花は友達の顔を見ず、ただひたすら前を見て早歩きで会場へと歩を進めている。周りの成人女性達も、多くが伊智花同様の面持ちだ。



「いい? まずはプリペイドカードを買う。会場内を見て回るのはそれから」


 五人が東京国際会議場に到着し、入場ゲートを通る為の待機列に並ぶ。伊智花が他の四人へ見て回る順番についての打ち合わせを始めた。

 伊智花がまずプリペイドカードを買うと言った理由は、五人がまだ中学生であり、クレジットカードを持っていない為である。

 会場内の買い物はほとんどの商品に対して現金での支払いが出来ない。唯一現金で買えるのがプリペイドカードだ。


「ねぇ、外国人の参加者多くない?」


「住民票があるなら外国籍の子猫でも入れるよ。もしかしたらVividColorsヴィヴィッドカラーズの関係者かも」


「関係者なら並ばずに入れるんじゃないの?」


「会場内での仕事があるならそうだろうけど、休みで来てる人は普通に並ぶはずだよ。

 あと、今回は外国の要人が参加するって発表があったね。そっちは専用の入り口があるかもだけど」


「スタッフさん達結構手際良いね」


「東京で五回目だからかな。毎回同じスタッフさんなのかどうかは分からないけど」


「初回が上海で二回目が岡山で、あとはどこだったっけ?」


「三回目が宇都宮、前回がホノルルで次回が札幌のはずだったけど春になってからの方が良いだろうって事で後回しにして次は名古屋」


 伊智花が幼馴染達の質問に答えている間に、入場ゲートに辿り着いた。


「スマートフォンのなぎなみ動画アプリを立ち上げてお待ち下さーい。もしくは、スマートフォンとペアリングした電子決済用交信指輪をご用意下さーい」


 入場ゲート担当の係員が待機列に呼び掛ける。伊智花が予約して、先日自宅へ届いた左手薬指に嵌めている紫色のケッコン指輪に右手で触れる。

 当初は顔寄せ大会の会場で受け取る事しか出来ない仕様だったが、予約購入した全員が顔寄せ大会に参加出来る訳ではないので、自宅発送での対応へ切り替えられたのだ。


「いいなぁ、欲しいけどお母さんにまだ早いって言われたんだよねぇ」


「でもおばさん、自分のはちゃっかり買ってるんだよね?」


「そうなんよ、今日大会行くから一個貸してって言ったら貸し借りするもんじゃないって怒られたんだが」


「うわぁ……」


 列が進み、伊智花達の順番が回って来た。伊智花はケッコン指輪を認証用端末にかざし、ゲートをくぐる。幼馴染達はスマートフォンをかざして認証を済ませた。その後、係員が身分証明書として各自の保険証を確認する。


「さぁ行くよ!!」


 東京国際会議場の入り口に立ち、気合を入れた伊智花に幼馴染達が引っ付いて歩く。目指すはプリペイドカード売り場。会場内は女性の黄色い声が飛び交い、熱気が籠っている。

 会場内のディスプレイに副社長が映っていたり、「ヤバすぎ!」が流れていたり、月明かりの使者のライブ映像が流れていたりするので、幼馴染達は口を開けてそれらを見上げるが、そのたびに伊智花の鋭い呼び声で我に返らされている。


 伊智花はプリペイドカード購入後、近くに用意してあるテーブルにて手早く残高を充填する。


「ねぇ、早くしてくんない? 急いでるんだけど!?」


「ご、ごめんて……」

「ちょっと待って!」

「いや早過ぎん!?」

「手が震えてコードが読み取れんのよ!!」


「……ちょっとだけ見てくる、すぐ戻るから!!」


 伊智花は幼馴染達が止める声を振り切り、会場内を見渡す。公式薄い本の売り場、抱き枕カバーの売り場、艶声つやごえ音声CDの売り場、その他の目を着けているグッズの売り場がある方向を背伸びして確認する。

 早く向かいたくてうずうずしていると、幼馴染達が伊智花に追いついた。


「もう! 一人はぐれて迷子になったらどうするつもり!?」


「え、スマホで連絡すれば良くない?」


「……確かに」


 わいわい言いながら会場内を見て回る五人。十分な在庫を用意してあると案内されているが、だからと言って安心出来ないのが子猫心というものだ。


「ねぇ、あの人って外国の要人ってヤツかな?」


 伊智花が幼馴染の目線を追うと、アラブ人のような格好をした背の高い人物が目に入った。

 顔全体を黒いスカーフのようなもので覆い、見えているのは目の周辺のみ。白い民族衣装を着ていて、周りにはサングラスをつけた護衛が複数いる。

 その要人は、護衛達と何か談笑しながら会場内を見て回っているようだ。


「伊智花、ここ並ぶよ!」


「あー、うん」


 抱き枕カバーの売り場に並ぶも、どうしても先ほどの要人が気になり、伊智花は列を離れてしまう


「ちょ、どこ行くの!?」


「すぐ戻るから!!」


 伊智花は走らず、騒がず、ゆっくりと要人の方へと歩みを進める。早い段階で護衛達が伊智花が近付いて来ているのに気付き、警戒を強める。

 伊智花は警戒されている事に気付いているが、それでも近付くのを止めない。両手の手のひらを見せて、ゆっくりと深呼吸しながら歩いていく。


「……っ!?」


 要人が振り返って伊智花と目を合わせる。目だけで笑みを浮かべているだろう事が分かる。


「楽しんでる?」


「はい」


「そっか、良かった。君の姿は大喜利大会で見れるだろうと思ってたけど、直接会えて嬉しいよ。

 でも、誰にも言っちゃダメだよ?」


「もちろんです」


 要人と伊智花が会話しているのを、周りに気付かれないように護衛達が伊智花を上手く隠す。


「あんまり一人だけを贔屓に出来ないから、今日はここまで。

 握手をしてさよならだ、いいね?」


 要人が右手を出すと、伊智花が震える両手で包み込み、握手をする。伊智花の目からははらはらと涙が零れ落ちる。


「ふふっ、また会おう」


「はい……!!」


 伊吹いぶきと伊智花の初対面は、こうして果たされたのだった。

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