ケッコン指輪の反響

「製造をほぼ終わらせてからの予約開始で良かったね」


「えぇ、これで予約上限に達しました、などと発表すればサーバが落ちていたかも知れません」


 藍子あいことイリヤと伊吹いぶきが社長室にてケッコン指輪の予約状況について確認している。

 世界中の安藤子猫あんどうこねこが欲しがるであろうと想定していた為、前もって製造が行われていたので必要数は準備してある。

 ただし、日本経済圏以外の国に関しては、ケッコン指輪用の決済端末の普及が進んでいない為、予約受付時にその状況について承諾した者しか購入出来ないようにしてある。

 世界中のクレジットカード会社からVividColorsヴィヴィッドカラーズへ提携の申し込み依頼が殺到しているが、この仕組みや技術等は共同事業社である宮坂信販へ確認するよう案内をしている。


「VC蔵人くらうどのサーバが落ちるかもって相当なアクセスがあるって事だよね、凄まじい反響だな……」


 VividColorsが運営しているなぎなみ動画やクルクム、その他企業向けのレンタルサーバなどが集約されているデータセンターをもってしても、ギリギリの状況で何とか稼働している状態だ。


「早々に第二データセンターを建設する必要があると思われます」


 イリヤが社長である藍子と、副社長である伊吹へそう進言する。


「土地自体はデータセンター周辺を確保してあるから、増設は問題ないと思う。電力についてもまだまだ余力があるって話だし、私からおば様へ相談してみるよ」


「うん、よろしく」


 現在稼働中のデータセンターの建設を取り仕切ったのは福乃ふくのであり、宮坂建設や宮坂通信などの宮坂グループ総出での一大事業だったので、VividColorsのみで話を進める事は出来ない。


「貴方様、現状で稼働しているデータセンターの視察へ行こうと思うのですが、よろしいでしょうか?

 現地スタッフに説明をしてもらいながら、今後の運営方針を詰めようかと思います」


「そうだね、イリヤに頼めば間違いないだろう。

 智紗世ちさよ、イリヤの視察に着いていってもらう侍女さんの選定をお願い。あと移動と宿泊、諸々の手配も」


「かしこまりました」


 データセンターは大陸中央部にあり、かなりの移動距離となる。が、伊吹の前世世界とは違い、国内旅行扱いとなる。パスポートは必要ない。


「貴方様の侍女のお手を煩わせるのは申し訳ないですわ」


「いやいや、イリヤは僕の大事な女性だからね。申し訳ないなんて事はないよ」


 イリヤは伊吹の妾として、そして大日本皇国の誇るVividColorsという巨大企業の幹部として、常日頃から皇宮警察と宮坂警備保障の警護を受けている。

 あまり社外での折衝を必要としない業務が多い為、普段は藍吹伊通あぶいどおり一丁目を出る事のないイリヤだが、今回の視察出張に関しては入念な警備計画を立案する必要がある。


「ですが……」


 イリヤがしきりに遠慮している様子なので、伊吹は少し冗談を言って、受け入れやすいように誘導するべきかと考えた。


「もしかして、僕に隠れて行きたい場所でもあるのか? まさか、浮気じゃないだろうね……?」


 万が一にでも自分が本気で疑っていると受け取られないよう、笑いながら問い掛ける伊吹。

 伊吹の問い掛けに対して、藍子も智紗世もその他の侍女達も、特に大げさな反応は見せなかった。伊吹の目的がイリヤに侍女をつける事を受け入れやすくする事であると気付いているのと、そもそも女性が浮気をする訳がないと思っている事、そして浮気をしようにも大陸部に住んでいる男性が本島よりもさらに少ない事などが理由だ。

 しかしイリヤ自身は伊吹に浮気を疑われ、あわあわと手のひらを振り、慌てて否定する。


「滅相もございません! 私には貴方様しかおりません。どうか信じて下さいませ……!!」


 イリヤは元アメリカ人の転生者である為、浮気をする女性の存在を知っている。そして、この世界の男性が女性を簡単に切り捨てる事も知っている。

 必死に弁明するイリヤの手を握り、伊吹が笑って謝る。


「ごめん、ちょっとした冗談だよ。本当にイリヤを疑ってる訳じゃないんだ。

 ただ、侍女さんや警備の人達が着いて行くのは受け入れてほしいんだよね」


「良かった……。

 えっと、実は上海で行われる第一回の顔寄せ大会に参加したいなと思いまして、それに付き合って頂くのは申し訳ないなと思っていたのです」


 そう言って、イリヤが恥ずかしそうに笑う。

 伊吹の妻や妾達は、万が一がないように厳重に警備される為、ちょっとコンビニに行こうか、という感覚では外出する事が出来ない。

 そういう意味で、伊吹は愛する女性達に不便を掛けている事を自覚している。しかし、だからと言ってそれを変える事は出来ない。


「そういう事なら、侍女さんや警備の人達と一緒に正式な視察団としてしっかり見て来てほしい。

 社内でも視察団への参加者を募ろう。希望者はどれだけ受け入れられる?」


「上海の会場が大きいとはいえ、三十名程度が限度かと思われます」


 伊吹の問い掛けに対し、素早く智紗世が答える。


「視察っていう事は仕事だから、視察団参加者の旅費交通費は経費で落とせるよね?」


「そうだね、すぐに手配するように関係部署に連絡するよ」


 こうして、安藤子猫顔寄せ大会への視察団が結成される事となった。

 原因となったイリヤは、大事になってしまったと俯いて顔を隠してしまっている。

 イリヤが手に握りしめていたスマートフォンが振動し、メッセージを受信した。


≪問題なし、予定通り≫

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