久我智枝・久我智紗世

久我くが智紗世ちさよ、二十三歳です。よろしくお願い致します」


 三ノ宮家さんのみやけの執事としての仕事をいつでも引き継ぎ出来るようにと、智枝ともえが妹の智紗世を伊吹いぶきへ推薦した。現在、副社長室にて顔合わせを行っている。

 智紗世も智枝と同じく、伊吹の従姉いとこにあたる。


 少し前、智枝の生理が来なかった際、念の為後任を入れておきたいと伊吹に申し出たのだ。

 残念ながら、少し周期がズレていただけであったが、引き継ぎ自体はいつでも出来るようにしておいた方が良いとの伊吹の判断で、智紗世を招く事となった。


「こちらこそよろしく」


 智紗世は智枝の妹という事で、背は智枝と同じく女性平均よりやや低い。が、姉の智枝よりも胸のサイズは大きい。


「姉から殿下の御子を授かったかもと打ち明けられた時は驚きました。

 どうやら姉の早とちりだったようですが、美哉みや様と橘香きっか様に続き、早々に三人目を授かれるよう祈っております」


 智紗世としては大変名誉な事である、という文脈で話しているのだが、伊吹としては現在寝室で一番頑張ってくれているのが智枝なので、そりゃそのうち出来るだろうと思っている。


 ちなみに、この世界では男性が生まれにくいのはもちろんであるが、そう簡単に妊娠などしないというのが一般的な見方だ。

 複数の妻を娶っていても、毎日代わる代わる励む男性がとても少ないので、妻を妊娠させる機会がそもそも少ない。

 伊吹のように毎日複数人を相手する男性だからこそ、なのだ。


「僕の事はここでは殿下呼びじゃない方がありがたい。藍子あいこ燈子とうこにもね」


「私はご主人様と呼ばせて頂いているの。夜はまた、少し違うのだけれど……」


 智枝が智紗世に左手薬指をわざとらしく見せる。妹に向けて、優越感を隠さずにニヤけた表情を見せる智枝。


「くっ……。

 ご主人様、私は姉よりも胸が大きく、その分ご主人様にお楽しみ頂けるかと思っております」


「ふっ、ご主人様は胸の大小にこだわりを持っておられないの。大事なのは耐久力よ」


「耐久力……?」


 伊吹は突如繰り広げられる姉妹喧嘩に、前世で姉二人がやり合っていた事を思い出す。微笑ましい光景である。話題が自分との夜のお話でなければ良かったのだが。


「そ、そのあたりはまた追々ゆっくりと引き継ぎを頼むよ」


「分かりました。私の後釜として、しっかりと体幹トレーニングから始めさせたいと思います」


 体幹トレーニングと聞き、智紗世が首を傾げている。

 そんな智紗世を放置して、智枝が伊吹へ話を切り出す。


「そろそろ執事を複数迎え入れないと、業務が滞ってしまう可能性があります。

 現在は宮坂家みやさかけの秘書達に手伝って頂いておりますが、あくまで三ノ宮家中の事は私か智紗世で処理すべき業務です。

 私が執事長として、智紗世以外にも何人か預けて頂けないでしょうか?」


 伊吹はこの世界の一般的な男性よりも活動的であり、日本全国を飛び回る事が可能であるか、皇宮警察と宮坂警備保障と共に検討を重ねている最中だ。

 副社長の生配信で、「月明りの使者」のワールドツアーを開催に言及したのはあくまでリップサービスの一種だが、実現可能であれば伊吹は世界各国を回るつもりだ。


「うん、それは人選も含めて智枝に任せるよ。僕が何を一番重要視してるかは分かってるでしょ?」


「耐久力ですか?」


 智枝が答える前に、先走って智紗世が答える。伊吹は苦笑いを浮かべ、それはまた別の話であると伝える。


「ご主人様が一番重要視されているのは、信頼出来るかどうか、です。


 いい? 智紗世。

 仕事が出来るとか、気が回るとか、耐久力とかは二の次なの。ご主人様の信頼を得る事が、何より大事な執事としての務めなのよ」


「と、男性保護省の方から来た執事が言ったのでした」


 伊吹のツッコミを受け、智枝が胸を押さえる。


「あ、あれは仕方なかったのです!

 皇太子殿下には私の正体を隠しておくように言われておりましたし、ご主人様のお生まれに関してもギリギリまで伏せておくようにと……」


「その方が楽しいから、だろ?

 全くあの親父は……」


 皇太子である伊織いおりに対してあの親父呼ばわりする伊吹に、智紗世は驚いた目で見つめる。


「んんっ。

 智紗世、皇太子殿下とご主人様は前世の記憶を持つ者同士として、心が通じ合っておられるの。

 お二人はとても気安く会話される間柄だから、あまり気にしないようにね」


「……分かりました」


 よく理解出来ていないが、とりあえず一回飲み込む事にした智紗世。真剣な表情で二人に頷いて見せる。


「そのうち慣れるよ。

 倒れてからじゃ遅いから、あんまり頑張り過ぎないようにね」


「はい、お気遣いありがとうございます」


 智紗世が伊吹に対し、頭を下げる。

 智枝が智紗世の耳元で何やら囁くと、途端に智紗世の顔が真っ赤に染まる。


「ん? 何だった?」


「い、いえ! にゃんでもにゃいですにゃ!!」


 智紗世、初日に安藤子猫あんどうこねこである事がバレた。

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