時系列を完全に無視したバレンタインSS:マチルダのおねだり

バレンタインSSはないと言ったな。

あれは嘘だ。



★★★ ★★★ ★★★



「ママ、お小遣いちょーだい」


 マチルダが母親であるメアリーにお小遣いをねだる事はほぼない。伊吹いぶきからメアリーの給料とは別にマチルダへの給料も支払われている為、メアリーがお小遣いを渋る事はない。


「え? 珍しいわね、何が欲しいの?」


 純粋に使い道が気になってメアリーがそう尋ねると、マチルダが年齢に似合わない、悪だくみをしているかのような笑みを見せる。


「バレンタインやし、イブイブの男の夢を叶えてあげないとダメなの」


 マチルダはメアリーが日本語の勉強中である為、ローマックス家での日常会話は日本語でされる。が、コテコテの関西弁までは理解出来ないメアリーの為に、マチルダは中途半端な標準語を使って説明になっていない説明をする。


「バレンタイン? 手作りカード用の材料が欲しいの?」


 アメリカでは古来からのバレンタインデーの風習に則り、家族や近しい関係の人に、感謝を伝える為の行事として親しまれている。

 メアリーも学生時代に手作りのカードを母親や友達に渡していた。


「ちゃうねん、バレンタインデーって言ったらチョコレートなの。

 イブイブとうちがいた世界では、女の子が男の子に好きやでって伝える為にチョコレートを贈る行事なの」


「へー、世界が違うと風習も変わるのねぇ。日本ではあまりキリスト教的な行事って広まってない印象だったけど」


 バレンタインデーと思い浮かべてチョコレートを思い浮かべるのは、マチルダや伊吹の前世世界でも、日本人特有だろう。

 欧米でもチョコレートを渡す事もあるが、チョコレートに限らずクッキーやその他のお菓子、または花を贈るという人も多い。


「日本人は何でもお祭りが好きなの。

 で、うちが藍吹伊通あぶいどおり一丁目の板チョコを買い占めて来るからお小遣いちょーだい☆」


「買い占める? 副社長がお喜びになるなら止めはしないけど、使い道を教えてくれるかしら」


 男の夢を叶えてあげる為に、藍吹伊通り一丁目内の板チョコを買い占める、と十歳の娘が言い出したら、何をするつもりかと確認するのが親の務めだろう。


「板チョコを溶かすやろ? ほんで、美少女であるうちの身体に塗りたくるねん。それをイブイブがペロペロ舐める!

 どう、絶対喜ぶやろ!?」


「I'll have to think about it.」


 メアリーはスマートフォンを取り出して、伊吹へ連絡する。


「ちょ、ママ! 内緒にせんとサプライズにならへんやんか!!」


「副社長、お忙しいのにすみません。ちょっとお尋ねしたい事がありまして」



 メアリーから連絡を受けた伊吹が、藍吹伊通り一丁目に勤めている女性に対して交代で本社ビル、しょうノ塔のパーティー会場へ招待した。

 伊吹自身が前世であまり縁がなかった為、二月十四日に何か催しものをしようという発想がなかった。

 とりあえず板チョコなどのチョコレート菓子をかき集めて、伊吹が手渡しで女性達に配っている。そして日々の感謝を込めて、希望者にはハグをするというアイドルのイベントのような事を始めた。

 もちろん全員が希望するので、非常に長い列が会場内を蛇行して外まで繋がっている。


「マチルダがもっと早くに言い出してくれてたらなぁ」


「せっかく男の夢を叶えたろおもたのに」


 マチルダはぷんすか怒りながら、伊吹の腰に抱き着いて離れないでいる。

 列に並んでいる女性達は伊吹に二秒しか抱き着けないと聞かされているので、マチルダの事を恨めしそうに見ながら去って行く。


「十歳の白人少女にチョコレート塗りたくって舐めるだなんて、世界中からバッシング受けるだろ」


「世界を敵に回しても叶えたい夢があるやろ!」


「……じゃあマチルダが十八歳になったらお願いしようかな」


「言質取ったどー!

 録音したからな! 絶対やからな!!」


「何でマチルダが興奮してるんだよ……」


 とんでもない約束をしてしまったような気がして、伊吹はちょっとだけ後悔するのだった。

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