第十三章:VividColors VS Alphadeal

待ち人、来ず

 きょくノ塔五階、応接室。

 今日はAlphadealアルファディールの責任者とGoolGoalゴルゴルの責任者が来るという事で、朝から藍子あいこ達と応接室で待っていたのだが。


「副社長、先方は今空港にいるそうです」


 スマートフォンで通話していたメアリーが、困惑した表情で伊吹いぶきへ報告する。


「え? 飛行機が遅延したとか?」


「いえ、時間通り到着したのに何故空港に迎えが来ていないのかとお怒りのようで」


「……何じゃそれ」


 VividColorsヴィヴィッドカラーズには先方が何人でどの時間の便に乗って来日するか、どこのホテルに何日間宿泊する予定かなど、一切知らされていない。

 警備の関係で、と向こうがあえて知らせて来なかったので、伊吹は言いがかりであると判断する。


「別にこっちは会う必要ないからなぁ。そんな事知らんって言っといて」


 伊吹はそう言いつつ両手を合わせてメアリーに頭を下げる。対応するのはメアリーなので、配慮を忘れてはいけない。

 メアリーは伊吹へ右手親指を立ててみせ、電話の相手へ英語で対応する。スマートフォン越しに女性の怒鳴り声が聞こえてくるが、向こうの自業自得なので取り合う必要はない。

 早く来い、とメアリーが伝えて、通話を切った。


「ここで待っててもすぐには来ないよねぇ。

 そうだ、メアリーさんもカラオケボックス使ってみてよ。負担の多い業務ばかり頼んでるから、発散出来ると思うよ」


「よろしいのですか?

 実はマチルダからカラオケの事を聞いていて、ちょっと気になっておりました」


 メアリーが乗り気になったので、マチルダも呼んでしょうノ塔のカラオケボックスへ移動する。

 メアリーとマチルダ親子がノリノリで歌っているのも眺めつつ、伊吹は時間を潰す。眺めているだけでは終わらず、自分も予約を入れて「月明かりの使者」の楽曲を披露する。

 藍子と紫乃しのがコーラスを務め、智枝ともえがジニーとイリヤに何やら教えている様子。

 キャリーは前世で歌っていた持ち歌を再現してもらおうと、思い出す限りの曲をメモ帳に羅列している。


 ボックス内は大いに盛り上がった。ドリンクバーで飲み物をお代わりし、室内のタブレットからフライドポテトや唐揚げなどを頼み、実際のカラオケボックスと同じように楽しんだ。

 実店舗と違うのは、電子レンジでチンした食べ物ではなく実際に侍女が料理して部屋に運んだ事だ。伊吹の口に入るのだから、と侍女達が冷凍食品を置く事を許さなかったのだ。


 スマートフォンに着信があり、メアリーが部屋を出る。また何やら先方とやり取りをしているなぁと感じた伊吹が部屋を出て、メアリーに確認する。


「先方が藍吹伊通あぶいどおり一丁目へ男性のお付きを含め二十人で入ろうとした為、宮坂みやさか警備保障に止められたようです」


 藍吹伊通り一丁目は伊吹の私有地であり、その警備を任されている宮坂警備保障は伊吹の安全を第一に考えている。

 そんな大人数で来られても監視する警備員が足りないので受け入れられないとして、入場に制限を掛けようとしたところ、先方がブチ切れてメアリーに電話を寄越したようだ。

 ちなみに、皇宮警察は藍吹伊通り一丁目への出入り管理に関しては業務範囲外となっている。公的機関が私有地を守るなど、とうるさく騒ぐマスコミがいた為だ。

 本来、伊吹の持ち物は私ではなく公の扱いになるので、皇宮警察が守っていても何の問題もないのだが、そうなるとVividColorsや「なぎなみ動画」までも公と見なされる恐れがあるので、あまり触れてほしくない点だ。

 現在、皇宮警察は広義の意味での伊吹の周辺警備に当たっている事になっている。


「宮坂警備保障に従えないのなら入れないな。彼女達は職務を忠実に全うしているだけなんだし」


 カラオケボックスの外で待機していた小杉こすぎに、ねっ、と笑い掛け、伊吹は部屋に戻っていった。



 メアリーはその後も数分ほどやり取りをしていたが、再び部屋へと戻って来た。


「何だって?」


「宮坂警備保障から男性本人と侍女一人、執事一人、後はGoolGoalの責任者、計四名なら受け入れると提案したそうです。先方が全く交渉しようとせずに全員通せと怒鳴ったので、こちらも妥協せず四名で突き通したそうです。

 結果的に四名のみ入場すると男性が受け入れたので、もう間もなくこちらへ到着するようです」


 じゃあそろそろ応接室へ戻ろうか、と言い掛けた伊吹に対し、マチルダがストップを掛ける。


「相手より先に応接室に入るつもり? こっちは散々待たされたのに?」


 待たされたのは事実であるが、伊吹達は歌い、飲み食いし、ただ楽しんでいただけである。


「先に応接室に入れておいて、後から入ったらええやん。その方が主導権握りやすくなるって。

 ただでさえ向こうはイラついてるんやから、感情揺さぶった方が交渉事は有利になるんやで」


「なるほどな、まぁこっちが望んだ面談の場じゃないし、それもありか」


 と言う事で、もう少しカラオケで歌い続ける事になった。

 が、元が庶民派である伊吹は、人を待たせたままの状態で心からカラオケを楽しむ事が出来ず、そわそわそわそわしていたのであった。

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