祖父母と孫

 伊吹いぶき伊穂いおが猥談で盛り上がっていると、三ノ宮さんのみやの私室に心乃夏このかが訪ねて来た。


「伊吹殿下、両陛下が面会のお時間を取られましたので、お越し下さいませ」


 思わず伊穂に目をやると、大丈夫ですよと笑い掛けられる伊吹。大丈夫な訳ないですよ、と言い返したいところだが、両陛下を待たせる訳にはいかないのですぐに藍子あいこ燈子とうこを伴って面会へと赴く。


 皇王と皇后は、極めて近しい人物と面会する為の談話室でお茶をして待っていた。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


「違うぞ、やり直し」


 伊吹が談話室に通されてまず頭を下げた事が気に入らない皇王。伊吹は違うと言われ、心臓が凍り付いたかのような痛みを感じる。


「あなたこそやり直しです」


 皇后が皇王の手をぎゅっと握り、皇王がすまん、と謝る。


「謝るのは私にではないでしょう?」


「そうだな。んんっ。

 伊吹よ、ここは皇族の私的な空間だ。私は皇王であるが、その前にお前の祖父だ。堅苦しい礼儀は無用。

 まずは孫からの新年の挨拶が欲しかったのだがな」


 ここまで言われてようやく、伊吹は謝罪ではなく先に新年の挨拶をすべきだったのだと理解する。

 そして、わざとらしく深呼吸をしてみせ、咳払いをし、藍子と燈子を伴って一度談話室を出て、改めて部屋へ入る。


「おじい様、おばあ様。新年明けまして、おめでとうございます」


 伊吹に続き、藍子と燈子も礼をする。


「うん、おめでとう。今年はより良い年になりそうだね」


「おめでとう。慣れないだろうけど、精一杯やろうとしているのが伝わって来て、とっても好印象よ。若い頃の伊織いおり咲弥さくやを思い出すわ」


 皇后が伊吹達に座るように言い、伊吹の両親の昔話を皆に聞かせる。心乃夏がお茶の用意をし、伊吹達は時折質問をしながら会話を楽しむ。


「小さい頃から少し変わっているなぁとは思ってたのよ? でも伊吹がネットで活躍するようになって、あぁ、伊織はこういう事がしたかったのねってようやく分かったの」


「咲弥はいつも伊織の隣でニコニコしていたなぁ。私も京子きょうこといつまでもこうありたいと思ったものだ」


 思った以上に素をさらけ出してくる皇王と皇后に、伊吹が思い切って両親の決断について聞いてみる事にした。


「お父様とお母様は、まだお腹の中にいた僕を外の世界で育てたいと思ったそうです。その事について、おじい様とおばあ様は止めようとは思われなかったのですか?」


「止めるべきだと思った。せっかくお腹に男の子が宿ったのに、とね。

 でも伊織が心の底から咲弥を愛している事は分かっていたし、まだ見ぬ息子の事も同じように愛している事も理解出来た。伊織の言う通りにさせてみようと思った。本音を言うと、すぐに伊穂が出来た事も分かったから、というのが一番大きい理由だけどね。

 まぁ私達がこうしたい、と思っても皇宮内の者達を納得させる必要があったから、そういう意味では心乃夏には感謝しているよ」


 壁際で控えていた心乃夏が頭を下げる。実際に皇宮内に言う事を聞かせたのは心乃夏である。


「で、何やら活躍しているらしいと報告を受けてみたら、アメリカとドンパチを始めていて驚いたよ。私の立場ではなかなか出来ない事だ」


 ニッコニコとした笑顔を向ける皇王に、伊吹は念の為に質問する。


「数日後にAlphadealアルファディールの責任者らしき人物が会社へ訪ねて来る事になっているのですが、穏便に済ませた方が良いでしょうか? それとも……」


「思うようにやれば良い」


 獰猛な笑みをさらに深くする皇王。そして、悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべ、皇后に耳打ちをする。


「まぁ! それは何とも……。ですが、伊吹には外交を担当してもらうのですものねぇ」


 伊吹は話題が自分である事以外、二人が何を話しているのか分からず、とても不安になるが、藍子と燈子が両手にそっと触れて来た事で、多少落ち着きを取り戻した。


「よし、ではそうしよう。

 智枝ともえ、すまないがお使いを頼みたい」


「はっ、陛下。何なりとお申し付け下さい」


 壁際で控えていた智枝が跪く。


「違う、やり直し」


「あなた、またですか?」


 先ほど伊吹に対してしたようなやり取りをする皇王と皇后。


「……何なりと仰って下さい、おじい様」


 智枝が跪いたままそう言ったので、伊吹は智枝の前まで行き、手を取って立ち上がらせる。


「ごめんね、僕ばかりおじい様とおばあ様と喋って」


「いいえ、滅相もないです」


「えっと、おじい様。お使いとは何でしょうか」


「あぁ、ちょっと智実ともみのところへ行って、次の予定には伊吹にも立ち会わせると伝えてきてくれないかい?」


 智枝は血縁的に皇王と皇后の孫にあたる。伊織の姉が智枝の母、智実だ。


「……分かりました」


 同じ子供、同じ孫でも全く扱いが違う事に、伊吹は未だに慣れない。恐らく慣れる事はないだろう。


「伊吹、智枝との間に子供が出来たらすぐに知らせてね? 孫と孫との子供だなんて、今から楽しみだわぁ」


 そして、自分の夜の情事事情が広く知られている状況も、なかなか慣れない伊吹なのだった。

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