父と兄と弟

 伊織いおり伊吹いぶきへ、伊吹の弟である伊穂いおを紹介する。


「小さい頃から兄上の事は伺っておりました。まぁ、まさか画面越しにお姿を拝見するとは思いませんでしたが」


「ごめん、僕は何も知らないで……」


 弟はこちらの事を知っているのに、伊吹は自分が何も知らなかった事を恥じる。が、それは伊吹の両親が望んでの事だと理解している、と伊穂が話す。


「伊穂は伊吹のひと月後に生まれた。が、皇位継承権は伊穂が上位になる。

 現在の順番は俺が一位、伊穂が二位。そして昨夜、三位が繰り上がって伊吹になった」


「繰り上がって?」


「僭越ながら、私がご説明させて頂きます」


 心乃夏このかが昨夜の儀式について、伊吹の扱いがどう変わったかを説明する。

 まず皇宮へ着いてすぐ、伊吹は浄化の火にあたり俗世の穢れを払った。そして身の回りの世話を穢れのない少女に全て任せる事で、伊吹本来の神性を取り戻した。

 略儀ではあるが、昨夜の儀式にはそういう意味があったのだ、と説明を受けて、伊吹が伊織を抗議の目で見つめる。


「十八年間好きに生きられただろう? 俺のわがままでもあるが、お前は俗世で育った。だからこそ可愛い奥さんと出会えたんだ。それで良しとしてくれ。

 不可侵としていた伊吹が襲撃を受けた。これ以上は無理なんだ」


 伊吹が皇族であるとバレた訳ではないが、国外の組織から狙われた事は確かだ。

 この結婚の儀を機会に伊吹が正式に皇族であると公表し、厳重な警備体制を敷いても不自然ではないようにすべきと判断がなされた。

 現在宮坂みやさか警備保障が藍吹伊通あぶいどおり一丁目の警備を固めているが、マスコミからやり過ぎではないか、法的根拠は、などの否定的な声が上がってきている。

 皇族である伊吹の私有地であると公表すれば、否定的な声を抑え付け、正々堂々と皇宮警察と宮坂警備保障が連携して警備が行えるようになる。


「伊穂には皇室の正当な後継者として、引き続き教育を受けてもらう。そして伊吹には、外交面でこの国の為に助力を願いたい」


 伊織曰く、伊吹がAlphadealアルファディールをやり込めたのが政財界で非常に評判が高いとの事で、VividColorsヴィヴィッドカラーズの副社長イコール伊吹であると知っている者達に、国賓の歓迎などを任せたいという声が出ているそうだ。


「国賓となると、藍子あいこ燈子とうこも……?」


「そうなる。もちろん心乃夏からの儀礼的な指導を受けてもらうし、諸々の手助けも用意する」


 伊吹が藍子と燈子を気遣うと、二人は伊吹の手を取って、大丈夫だと伝える。


「昨夜、宮坂の実家に心乃夏様がお見えになって、万全の態勢でお力添えを頂けると伺ったの。

 伊吹……、が皇太子殿下の御子だと聞いた時は驚いたけど、伊吹は伊吹だから」


「いっくんを支えられるよう、二人で頑張るから」


 藍子と燈子は昨夜の時点で覚悟を決めていたと聞かされ、伊吹は胸を熱くする。


「ありがとう、僕も二人の頑張りを無碍にしないよう、精いっぱい務めるよ。

 でも国賓の歓迎か……、外国の王族とかの対応って事でしょ? 不安だなぁ」


「伊吹、両陛下とお会いした時以上に緊張する事があると思うか?」


 そう言って、伊織が笑う。元一般人である二人なら、それがどれだけ異常であり、どれだけ心臓を締め付けるほどの緊張感を伴うかが理解出来る。


「それと、兄上には皇室の血を残すという大役も担ってもらわねばなりません」


「……と言うと?」


「お恥ずかしながら、私は兄上のように一晩で十人を相手出来るほどの力を持っておりませんので」


 伊穂が本当に恥ずかしそうにしながら話す。伊穂の羞恥心の向いている事柄は、自分が一晩で十人の女を抱けない事ではなく、藍子と燈子の前で性的な話をするという事についてだ。


「え? でもこの世界の女性って、最初の頃はふた突き、み突きくらいで絶頂してしまうから、そんなに大変な事でもなくない?」


 伊穂が何故恥ずかしがっているのか理解出来ない伊吹は、遠慮なく性的な話を継続する。性的な話の上で、自分達が初めての性交渉の際にすぐに果てたという事を暴露された形の藍子と燈子は苦笑いを浮かべている。


「それが大変なんだよ。普通の男ならそのひと突きふた突きで同時に果てるんだ。

 伊吹は恐らく隠れて自主トレをしたんだろう? だから強くなったんだよ」


 伊吹は祖母や侍女達に隠れて、入浴の際に何度も自慰をしていた。それが性交渉の際に無類の強さを誇る秘訣である、と伊織が指摘する。


「なるほどなぁ。伊穂……、殿下はそういう訳にはいかないのですね」


 思い出したように伊穂を敬おうとする伊吹だが、伊穂はいつも通りの口調でと伊吹へ願い出る。


「話は尽きないが、奥様方の疲労を考えるとそろそろお開きにした方が良さそうだ。

 詳しい話はまた日を改めるとしよう」


 重いカツラと十二単を身に纏ったままの藍子と燈子が、気遣いを見せた伊織に対して頭を下げ、る事は出来ないので、目礼を送る。


「あ、実はこの後、前もって作ってある結婚披露宴の動画を配信する予定だったんだけど、俺が皇族であるとバレた後でも流して大丈夫か?」


 話し掛けられた伊織以外の皆が、ぎょっと驚いた表情を見せる。伊吹が皇太子である伊織に気安く話し掛けたからだ。


「結婚披露宴か、こっちの世界では誰もそんな事しないから、良い娯楽になるだろ。

 でも、またYourTunesユアチューンズのサーバが飛ぶんじゃないか?」


 当の伊織は気にせずに答える為、誰も何も言い出せない。


「YourTunesのサーバが飛んでからが本番なんだよなぁ」


 先ほど皇王が浮かべたのとそっくりな笑みを浮かべ、伊吹がそう呟いた。

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