結婚式当日、朝

皇紀二七〇二年(西暦2042年)十二月二十四日、大安。朝。


「ねぇ、あれ何の意味があったの?」


 昨夜少女達と共に浸かった浴槽に、今朝は伊吹いぶき智枝ともえの二人で浸かっている。

 伊吹はようやく智枝と二人きりになり、周りの目を気にして聞けなかった疑問を口にする。

 伊吹が聞きたいのは、事前に知らされていなかった、少女達十人との触れ合いについてだ。

 智枝は昨夜、少女六人が気絶した後、一人で伊吹の相手を続けた為に朝になった今でも疲労が抜けていない。


「皇宮では機会があれば、あのように純真無垢な少女に男性のお世話をさせ、男性から直接子種を頂いております」


「事前に言っておいてよ、高貴な女性に手を出したんじゃないかって夜中に目が覚めちゃったよ……」


 気絶した少女達は朝方に様子を見に来た侍女達によって運び出されている。


「朝食も自由に食べれないの?」


「本来であれば少女達がお世話をするはずなのですが、まさか皇宮も十人全員が気絶してしまうとは思っていなかったようですね。

 一応、事前に私がご主人様の夜のお力について報告を上げていたのですが、半信半疑だったのか、もしくは周期の合う少女があの者達だけだったかですね」


 今朝起きてからの伊吹の世話は、智枝が一人でしている。昨夜の疲れが残っているとはいえ、ほぼ毎日のように伊吹に抱かれている智枝もある程度身体が慣れて来ているのだ。


 風呂から上がり寝室へと戻ると、隣の広間にお膳が二つ用意されていた。智枝が伊吹の世話をするように、と廊下にいた侍女が智枝へ指示をし、伊吹へ深く頭を下げて去っていった。


「知り合い?」


「母です」


「えっ、ちゃんとご挨拶したかったんだけど!?」


 伊吹は智枝の母と自分の父親の関係が、兄妹かもしくは姉弟であると思っており、智枝の母親であると同時に自分の血縁者であるおばのはずなので、顔を合わせて話がしたいと思ったのだが。


「いえ、お気持ちだけで結構です」


 伊吹としてはそういう訳にはいかないだろうと思うものの、この世界の常識に照らし合わせると恐らく智枝とその母親の方が正しいと判断し、引き下がる事にした。

 ましてや、今日は自分と藍子あいこ燈子とうこの結婚式当日である。智枝との結婚式の予定が立ってから、改めて考える事にした。



 智枝に朝食を食べさせてもらった後、伊吹はまた別の侍女の案内で衣装部屋へと案内された。当日着ると決めていた紋付羽織袴ではなく、別の装束が用意されている事に驚く伊吹。


「えっと、手違いか何か?」


 伊吹が智枝へ問い掛けると、控えていた武三たけぞうが説明を始める。


「正式な婚礼の儀の為、こちらで手配をしておりました。ご連絡が行き届いておらず、申し訳ございません」


 老齢の男性に深々と頭を下げられて恐縮する伊吹。恐らくこの武三が悪い訳ではないだろうに、この場を収める為に孫ほどの伊吹に対して謝ったみせたので、伊吹としてはそれ以上何も言えなくなる。

 が、藍子と燈子との衣装の兼ね合いもある。その事について言及すると、二人も当初予定していた白無垢ではなく、十二単が用意されているという。



「どこの平安貴族だよ……」


 用意されていた衣装を皇宮内で働く侍女達に着せられ、自分の姿を鏡で見た伊吹の印象は、雛祭りのお内裏様だ。

 武三のものよりも上等に見える純白の斎服さいふく、その上から纏う束帯そくたいは赤くて黄を帯びた色。色烏帽子を被らされ、扇としゃくを袴に差している。


 圧倒的非日常感を抱えたまま、伊吹は武三に促されて皇宮内を移動する。智枝は二人の後ろをいつも通りのスーツ姿でついて歩く。

 外は晴れているが、雪がちらついている。雪駄では足元が寒い。身体を震わせながら、伊吹は武三の案内で鳥居をくぐり、社殿へと入っていく。伊吹は控室へ通され、智枝が温かいお茶を用意する。


「花嫁様方のご用意が整いますまで、こちらでお待ち下さい」


 そう言って、武三が控室を出て行った。

 そう言えば式の当日に会うであろうと言われていた、藍子と燈子の両親は今どこにいるのだろうか。そう伊吹が智枝へ聞こうとしたところ、外から女性の声が掛けられる。


「失礼致します。宮坂家みやさかけ当主、賢一けんいちとその妻、あかねと申します」


「どうぞ、お入り下さい」


 智枝が返事をすると、すすすっと襖が開き、黒紋付羽織袴の男性と黒留袖の女性が控室へ入って来る。

 伊吹が立ち上がろうとすると、茜が伊吹にそのままで結構です、と声を掛けて、二人は智枝が用意した座布団へ座る。


「ご挨拶が遅れて申し訳ないです。三ノ宮さんのみや伊吹いぶきと申します」


「ご丁寧にありがとうございます。このたびは私どもの娘を娶って頂き、感謝に堪えません。

 宮坂の人間として、これ以上の誉れはございません」


 ニコニコと笑顔を浮かべて話す茜と、むすっとしたまま何も話さない賢一。智枝が用意したお茶をずずずっと飲んでから、ようやく賢一が口を開く。


「可愛い娘達だ、良くしてやって下さい」


「……はい、一緒に幸せになります。

 あの、藍子さんと燈子さんだけでなく、柴乃しのさん、みどりさん、琥珀こはくさんとも日を改めて式を挙げたいと思っています。

 何度もご足労をお掛けしますが、よろしくお願い致します」


 賢一は目を見開いた後、大きく頷いてみせる。


「それは、楽しみですな」

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