第十章:結婚式

結婚式前夜、前乗り

 皇紀二七〇二年(西暦2042年)十二月二十三日、夜。伊吹いぶきは明日行われる藍子あいこ燈子とうことの結婚式の為、一人前乗りをする事になっている。

 結婚式は親や親戚に祝ってもらうというよりも、儀式としての側面が強い為、事前準備や事前に必要な儀式があるとの事で、伊吹のみが先に結婚式の会場がある皇宮へと向かう事になった。

 藍子と燈子は実家へと帰っており、当日の朝に家族と共に皇宮へ向かう段取りとなっている。


 美哉みや橘香きっかは妊娠の診断を受けて以降、伊吹が侍女としての業務をさせず、大事を取って休むよう言いつけており、今回も結婚式へは不参加となる。

 もっとも、儀式を進行する人員は皇宮内に専門の巫女や宮司がいるので、参加するとしても何もする事がない。


「じゃ、行ってくるから」


 結婚式へ向かうという事で、伊吹は礼服用のスーツを着ている。


「いってらっしゃい」

「私達の事は気にしないで」


 伊吹と美哉と橘香が抱き合い、キスを交わす。

 いつもの侍女服ではなく、ゆったりとした暖かい服装の美哉と橘香が伊吹を見送る。

 伊吹としては二人以外の人との結婚式に送り出される訳だから、居心地が悪い。気にしないでと言われ、苦笑する伊吹。


「この子らが生まれて、多少余裕が出来たら必ず三人で式を挙げよう」


「うん」

「楽しみにしてる」


 美哉と橘香、そして美子よしこ京香きょうか柴乃しのみどり琥珀こはくに見送られ、伊吹はビルの玄関へと向かう。

 オフィスのあるビルの玄関にピッタリと横付けされた皇宮の公用車に乗り込む。付き添いは智枝ともえのみで、運転手や同乗者は皇宮より派遣された警察官だ。

 公用車が発進すると、前後をパトカーが挟むようにして集団で進んでいく。さらにその周りを警察車両が囲んでいる。くるくると回るパトランプが伊吹の頬を照らす。


「まるで外国の要人みたいだな」


 外と藍吹伊通あぶいどおり一丁目の境界を警備している宮坂みやさか警備保障のゲートを抜けると、大勢のマスコミが待機しているのが見えた。


「ここで待ってて何か撮れるのか?」


「藍子様が打ち合わせに出たり、燈子様が大学へ通われたりするお姿を狙っております。大抵は宮坂警備保障のお陰で躱せるのですが、万全とも言い難い状態です。

 ご主人様、念の為お顔をお隠し下さい」


 伊吹は智枝の胸元に抱き着いて顔を隠す。小さいな、などと思ってはいない。

 しばらくその状態を楽しんでいたが、外の風景が見たくなり、伊吹は身体を起こした。


「あれ? もしかして信号操作して全部青になってる?」


 伊吹の疑問を受けて、智枝が控えている女性に答えるよう促す。


「はい。道路を事前に封鎖し、皇宮まで止まる事なく向かいます」


 警護を任されている警察官の女性が答える。礼儀正しいが、物腰は柔らかく口調も穏やかに聞こえる。軍隊の士官よりも、むしろ秘書のような対応に近い。


「ふーん。男が移動するとなると、これだけの一大事になるんですね。ご迷惑をお掛けします。

 やっぱりヘリとかで移動した方が皆さんのお手間を取らせなくていいのかもなぁ」


 伊吹の言葉を受け、警察官は苦笑を浮かべるだけ。

 つい五ヶ月ほど前、一人で新幹線に乗り、東京まで逃げて来た時の感覚からだいぶと変わった伊吹。もう一人でラーメン屋に入る事はないだろう。



 皇宮の敷地内へと入り、待機していた警察官が公用車を守るようにして囲む。外から公用車のドアが開けられ、伊吹が降り立つ。

 囲んでいる警察官達の向こうから、烏帽子えぼしを付けて斎服さいふくを着た老人が歩いて来る。


「男……?」


 伊吹はこの世に生まれて初めて男性と出会った。高齢ではあるが、背筋がしっかりと伸びたはつらつとした男性だ。


「伊吹様。お待ちしておりました。

 今回の結婚の儀を取り仕切ります、武三たけぞうと申します」


「よろしくお願い致します」


 伊吹が武三へと頭を下げるが、武三がなかなか頭を上げないので、仕方なく先に伊吹が頭を上げた。

 それを確認したのち、武三が頭を上げる。


「ご案内致します」


 武三に連れられて、伊吹は皇宮内の一つの建物へ入る。天井が高い木造の建物で、下は土間になっており、中で火が焚かれている。室内はかなり温度が高い。


「さっそくではございますが、こちらで身を清めて頂きます。お召し物はあちらで替えて頂きます」


 武三が奥の小部屋へ案内し、伊吹が入ると、そこには十人の巫女装束姿の少女達が控えていた。歳の頃は十六から十八まで。皆が伊吹へ頭を下げている。


「本日伊吹様に付かせる巫女達です。ささ、こちらでお着替え下さい」


 少女達が伊吹のスーツを脱がせ、ネクタイを外し、ベルトを外し、と甲斐甲斐しく世話をしようとする。

 いつも美哉や橘香の世話を受けているとはいえ、あれはむしろ幼馴染みや恋人同士のじゃれ合いに近いものだという感覚でいた伊吹は、この対応を受けて戸惑ってしまう。


「いや、一人で出来るから」


「伊吹様、皇宮内におられる際は全てこの者達がお世話を致します」


 武三が当然であるかのように言うが、伊吹は戸惑ったままだ。


「ご主人様、これも儀式のうちだとお考え下さいませ」


 智枝が何とか宥め、伊吹はしぶしぶ少女達に身を任せる事にした。ワイシャツも脱がされ、靴下も下着も全て脱がされた伊吹は、素肌の上に白装束を纏わされた。

 智枝も白装束へ着替えており、伊吹は巫女装束じゃないのかよと少し残念に思った。

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