宮坂燈子

「ちょっと、これ見てよ!」


 燈子とうこ伊吹いぶきにスマートフォンの画面を突き付ける。

 そこに表示されているのはYoungNatterヤンナッター安藤乃絵流あんどうのえるタグで呟かれたイラスト。

 デフォルメされたドット絵お面の副社長に、「ね、ちゃんと編集してくれるよね? ね?」と追い縋っている妹ちゃんというキャラクター。

 伊吹が見る限り非常に可愛らしく描かれており、素敵なファンアートに仕上がっている。


「めっちゃ可愛いじゃん。いいねした?」


「してません! だから編集してって言ったのに!!」


 ぷんすかと怒ってますアピールする燈子。まさにこのイラストの通りなのだが、本人は何を不満に思っているのだろうか。


「もしかして本物の方が可愛いのにっていう理由で怒ってる?」


「ちーがーいーまーすー!!」


 ほっぺたを膨らましてさらに怒ってますアピールが増す。伊吹はそんな燈子を抱き寄せる。


「じゃあどうしたらいい? どうしたら機嫌を直してくれる? キスする? おっぱい揉む?」


 膨らんでいた頬はすぐに赤く染まり、あわあわと口を震わせる。


「とこちゃんはかーいいからね、大丈夫だよ? 誰が何と言おうと僕のお嫁さんはかぁいいんだよ?

 何の心配もいらないだよ? だって、とってもとってもとーっても、可愛いからね」


 顔を覗き込み、自分以外が視界に入らないようにしながら、燈子の目を見て可愛い可愛いと口にする伊吹。

 燈子はどこに見て良いか分からず、ずっと目が泳ぎ続けている。


「とこちゃん、僕の目を見て。僕を見てくれないと嫌だよ」


 伊吹は燈子の頬に手を当て、じっと燈子の目を見つめる。燈子も頑張って、伊吹に目線を合わせようと頑張っているが、照れきっている今では目が言う事を聞かない。


「大丈夫、ゆっくり息を吸って、ゆーっくり吐くんだ」


 すーっと息を吸い、ふーっと吐く。そして、意を決して伊吹の目を見つめ返す。

 その瞬間、伊吹が燈子の唇を奪った。


「ん~~~!!」


 見つめ合ったまま重なる唇。垂れ下がった伊吹の目尻。鼻を抜けるコーヒーの香り。舌に感じる僅かな苦さ。ほんのりと甘いチョコの味。

 熱く、湿った感触。


「バカーーー! もうっ、ホントにもうっ、お兄さんは!!」


「あれ? とこちゃん、お兄さんって言わないって言ったよね?」


 言い返されて、言葉に詰まる燈子。婚約者となり、さらには肌を重ねた際に決めた伊吹の呼び名。

 自分の方が年上なのだから、いつまでもお兄さんと言い続けるのはどうかと思うと言い出したのは自分の方だ。


「……いっくんはずるむっ!?」


 燈子が呼び直したのを確認して、さらに唇を貪るように奪う伊吹。親愛のキスではなく性衝動として粘膜接触に、たまらず燈子が声を上げる。


「ほら、声まで可愛い。全部可愛いよ、大好きだからね?」


 ようやく燈子を開放し、ニコニコと燈子の頭を撫でる伊吹。完全に手の平で転がされている事に気付き、燈子はされるがままになる。


「ホントに可愛いと思ってる?」


「もちろん。僕は幸せものだ。こんなに可愛い奥さんがいるんだから」


 伊吹は改めて燈子を膝に乗せ、左手で肩を抱きながら右手で頬に触れたり、耳たぶを摘まんだり、二の腕を撫でたりしている。


「いっくんと出会ってから私の人生ががらりと変えられちゃった。責任取ってね?」


 燈子は現役の美大生であり、将来はイラスト関係の仕事に就くつもりだった。そして人工授精の順番が回って来たら子供を授かり、藍子と助け合いながら子育てをするもんだと思っていたのだ。

 今では三ノ宮家さんのみやけの第二夫人予定であり、宮坂家みやさかけでいうところの福乃ふくののような役割を期待されている。

 福乃は自らの娘である紫乃しのに燈子の補佐をするよう言いつけている。

 燈子からすれば紫乃は腹違いの姉であり、年も六歳上の紫乃を従えるなど思ってもみなかったのだ。

 紫乃の方は、心中は別としてもすっかり燈子を奥様として敬う姿勢を見せており、燈子は未だその関係性に慣れていない・


「もちろんだよ。一緒に幸せになろう。何も問題ないよ、全部嫌になったら逃げ出して、田舎の屋敷でゆっくり暮らそう」


 伊吹に限ってそれはないな、と思う燈子。例え田舎に引っ込んだとしても、じっとはしていられないのではないだろうか。

 結局は自分が、自分達が伊吹を支えてやらないとならない。伊吹の負担になるような事は絶対しない。燈子は改めてそう誓う。


「全部が嫌にならないよう、一つずつ向かいあって考えていこう。急がず慌てず、丁寧に進めていこう。

 大丈夫、いっくんなら出来るよ」


「ありがとう。いつまでも隣にいてくれる?」


「もちろん。嫌だって言われてもひっついてるからね!」


 二人は笑い合い、また唇を重ねるのだった。

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