第七章:GoolGoalとのゴタゴタ

振込入金確認出来ず

「さて、では。行きますよ?」


「まだ九時になってないけど大丈夫なの?」


「ええ、いつもこの時間帯には振込処理が終わっていて、会社の口座に入っているはずです」


 朝食を終えた皆がオフィスのテレビ画面に注目している。今日はYourTunesユアチューンズから安藤あんどうさん家の四兄弟チャンネルの収益が振り込まれる日だ。

 藍子あいこがテレビ画面に繋がっているパソコンを操作し、ブラウザから銀行のホームページへアクセスし、ログインする。

 入出金明細を読み込むと、そこには……。


「入ってないね」


「そんな……、何で?」


 藍子が何度も同じ操作をして読み込むが、結果は変わらない。伊吹いぶきは冷静に原因を追究する。


「入金予定日は今日なんだよね?」


「はい!」


「申請完了のメールは保存してあるし、振込予約し忘れてて今から当日入金の処理をする、ってのは考えにくいよなぁ」


 収益化しているチャンネルなど、男性Vtunerブイチューナーに限らず無数に存在する。YourTunesは運営が何日も前に支払い金額を確定し、振込依頼をかけるよう指示を出し、実際に振込予約作業をし、処理が間違っていないか確認の上に振込予約を確定しているはずである。

 当日になってバタバタと何百、何千もの振込処理をするなど考えにくい。


「たまたま今日だけ遅れてる可能性は?」


「それは、今まではなかったのだけど……」


「むっちゃんとはーちゃんの振り込みはあった?」


「あ、すぐに確認するね」


 安藤家の収益はVividColorsヴィヴィッドカラーズの資金に回す都合上、あえて他の所属YourTunerユアチューナーとは口座を分けて管理している。

 一ノ瀬いちのせ睦月むつき八軒はちけん葉月はづきの収益振込口座としている銀行へアクセスすると、すでに入金されていた。


「って事は、決め打ちで安藤家の収益を振り込まなかったか、もしくは振り込みたくなくなったか、かな?」


「……買収を断ったから!?」


 二日前、VividColorsはYourTunesの運営会社であるGoolGoalゴルゴルからの買収提案を蹴っている。


「いくら何でも提案を断ったからって、三十億円を振り込まないってやり過ぎじゃない?」


 燈子とうこは世界的な企業であるGoolGoalがそんな稚拙な手を取るかと疑問を口にする。


「対宮坂家みやさかけ、対皇国として考えるとそう不思議な話ではないですが」


 智枝ともえがあくまで可能性ですが、と付け加える。


「まぁ、振り込まないんじゃなくて手続きが遅れた振りして明日か明後日に振り込むつもりじゃない?

 さすがに支払わないとなると世界中で大問題になるからね。そうなると株価も……」


 そこまで言って、伊吹がニヤリと口角を上げる。


「あーちゃん、福乃ふくのさんに連絡してもらえる?

 今から内緒のお話しませんかって」



 福乃がオフィスへ到着し、伊吹が改めて説明を始める。


「今日が安藤家の初回の収益受取日ですが、九時を過ぎても入金されていません。すなわち、前日までに振込予約がされてなかった事は確実です」


「うん、そうだろうね」


「じゃあ今日の十五時までに振り込みされるか? それは分かりませんが、もし今日中に入金されなかったら、とてつもない良い機会となります」


 怪訝そうな表情で福乃が伊吹を見つめる。


「金が入らないのが良い機会? と言うと?」


 頭ごなしに否定せず、ちゃんと伊吹の真意を確認しようとする福乃。伊吹が突拍子もない事を言うのなら、じっくりと話を聞くのが福乃の役割だ。


「今現在、安藤家の収益をVividColorsが受け取っていないと知っているのは、ここにいる皆と、YourTunesと、YourTunesに指示をしたGoolGoalだけです。

 世界ではまだこの三社の関係者しか知り得ない重要な情報です」


「……そうだね」


「今日の十五時、日本の銀行の営業終了時間を越えても入金がなければ、今夜の生配信でその事を公表します」


 伊吹はさらに詳細に説明する。

 YourTunesからの収益振込元は日本国内にある銀行の口座である事。

 十五時を過ぎた後に振込手続きをしても最短で翌日の八時までは入金されない事。

 生配信で公表する時間帯が遅ければ遅いほど、向こうの対応が後手後手になる事。

 そして、生配信で公表された事実を受けて、GoolGoalの持ち株会社であるAlphadealアルファディールの株価は多少なりとも下がるであろう事。


「なるほどねぇ、あんたやっぱり悪魔だよ」


 ひっひっひっ、と自らも魔女のような笑い方をし、福乃が続けて伊吹へ確認する。


「もしも十五時までに入金があったとしても、朝に入金が確認出来なくて不安だったって言うだけでいいさ。あとはこっちで何とかするよ」


「えっと、おば様。何とかするというのは……?」


 二人の会話について行けていない藍子が、福乃へ問いかける。しかし福乃は藍子の問いには答えない。


「これから私が何をするかなんて知らなくていいのさ。結果が出てから旦那様に教えてもらいな」

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