結婚という制度

「侍女の二人との結婚式はいつやるつもりだい?」


「出来れば実家近くのお世話になっている神社で挙げたいけど……」


 伊吹いぶきが後ろに控えている美子よしこ京香きょうかを振り返る。


「伊吹様のご意向通りで結構です。式を挙げるだけでも過分な扱いですので、いつになろうと文句などあろうはずがございません」


 美子が答え、京香と美哉みや橘香きっかが頷いてみせる。


「そっか、それについてはまた改めて詰めようか。

 ちなみにこの世界での結婚って、儀式としての結婚式以外に、事務的な手続きはあるの? 婚姻届とか」


「婚姻届は書く必要があるよ。一度に複数の妻と婚姻関係を結べる。

 その際、第一夫人から名前を書いていくんだけど、第一と第二夫人は別に戸籍謄本の写しが必要になる」


 自身の母方の三親等以内に男子が出生しているかどうかを確認する為に戸籍謄本の写しが必要であるという事だ。


「マイナンバー制度はないのか」


「何だい? それは」


 伊吹が福乃へマイナンバー制度について、それぞれ個人に対して番号を振り、その番号さえ入力すれば本籍や血縁関係が役所側で確認する事が出来ると教える。


「なるほどねぇ。一応知り合いに教えておくよ」


「銀行口座と紐付けて収入の把握、運転免許証と健康保険証と紐付けて一本化、全国のコンビニで住民票や印鑑証明書などを発行出来るなど、色々と便利になりますよ。

 まぁ、収入の把握ってのは自営業の方などには不人気になるかも知れませんが」


「そうかもね。まぁ私達は関係ないさ、男性名義の収入には課税されないからね」


「あぁ……」


 改めて伊吹は、『男にとって極めて都合の良い世界』であると実感させられる。国から男性保護費を受け取り、収入に対する課税もない。妻は複数娶れる。良い事ずくめだ。


「そういえば娘さん達との結婚についても同時になるんでしょうか?」


「……伊吹様は本当に気が回るね。本来こういう折衝は母親の役割なんだけど、まぁ仕方ないね。

 聞いて気を悪くしないでほしいんだが、男性は結婚した第一夫人の親族と第二夫人の親族、そのほとんどを好きに出来る。だからわざわざ藍子と燈子の異母姉妹となんて籍は入れる必要なんてないのさ」


 国としては婚姻制度の存続などそれほど望んではいない。むしろ、婚姻関係にあろうがなかろうが、自然妊娠の機会が増えるほど男児の出生する可能性が増える。

 つまり、男には手当たり次第女性に種付けをしてもらった方が良いのだ。第一夫人だの第二夫人など関係ない。


 では何故男性は第一夫人と第二夫人を娶ってからでないと、母方の三親等以内に男子が出生していない女性と結婚が出来ないのか。

 それは、昔から続いている公家やその分家、その他財閥の家が男性を確保しやすいようにする為である。

 そうする事で、力のある家からは比較的男児が生まれやすく、人工授精で子を産む一般女性からは女児ばかりが生まれる。崩される恐れのない支配階級と労働階級との間の壁になっているのだ。


「……それって僕が紫乃しのみどり琥珀こはくと、結婚しなくて良い理由になります?

 正直に白状すると、優先順位はもちろんあります。ですが、近くで支えてくれていて、寝食共にする女性なんですよ。結婚という形で繋がりを確かにしたいし、そうでないと蔑ろにしているという罪悪感で僕自身が苦しみそうです」


「ありがたい話だよ、本当に。

 三人との入籍については任せるよ。式は藍子と燈子と同時ではない方が助かるよ。三人には裏方で動いてもらわないとならないし、今のうちに教えておかなきゃならない事も沢山ある」


 紫乃と翠と琥珀は、伊吹と福乃に対して頷いてみせる。そして紫乃が代表して、伊吹に感謝を伝える。


「本来は寝室へ呼んで頂くだけでも光栄な事ですのに、お家へ貰って頂けるなんて夢のようです。これまで以上に精一杯お仕え致しますので、よろしくお願い致します」


「こちらこそよろしく。

 もう夫婦になるんだし、宮坂家からの出向ではなくてちゃんとVividColorsヴィヴィッドカラーズへ所属してもらおうか。

 役員付きの秘書というよりも経営企画室とかの方がより活躍してもらえるだろうし、僕としても自分で考えて動いてもらった方が助かると思うんだよね」


「こちらとしては問題ないよ」


 伊吹はこの三人に対し、将来的に増えていくであろう子会社や関連会社のトップを任せても問題ないくらいの信用をしている。それほど長い付き合いではないが、それくらいの信頼関係が築けている。


「あとは智枝ともえだけど、まだどうしようかなぁ。お母様が言う『時が来たら』の後になるのかなぁ」


 智枝との結婚に関しては、智枝が本来所属していた家か組織か、そちらの都合もあるだろうと考え、伊吹は自分一人で決められる問題ではないと考えていた。


「私はあくまで執事でございます。家具と同じく、お使いになられたい時だけ寝室へお呼び頂ければ」


「何で抱かれる前提なんだよ」


 伊吹は後回しで良いか、と半ば本気でそう思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る