言わせてみたい

 大会議室での打ち合わせが終わり、新たな秘書十四名が関係各所へ散らばって行った。

 親族内のごたごたに付き合わされる事となった河本こうもとは、これがお兄様の帝王学なのですわね、と呟いて二階へ戻って行った。


 そして昼食後、伊吹達はオフィスで寛ぎながら『あんどうかたる』について話し合っている。


「お館様は自分の声を使って、あんな事やこんな事を言わされてもご不快に思われないのですか?」


 紫乃しのはソフトウェアのいけない使い方について質問する。伊吹は笑いながら答える。


「気にならないね。まぁ犯罪に使われると困るから、『あんどうかたる』の使用に関する規約はしっかりと考えないといけないかもね」


「いえ、犯罪という訳ではなく……」


 みどり琥珀こはくも、紫乃が伊吹に対してお伺いを立てている本当の意味に気付いている為、伊吹を心配そうに見つめている。


「下ネタを言わされるんじゃないかって?」


 三人がうんうんと頷いてみせる。伊吹は何を今さら、と生配信や囁き切り抜き動画を例に挙げて説明する。


「自分からやってるから。むしろ下ネタ言わされてる投稿を生配信で紹介して、オリジナルの方がエロいって言って対抗するかも」


 藍子と燈子が有り得る、と言って笑うのを見て、三人はそういうものか、ととりあえず納得する事にした。


「そうだ、『あんどうかたる』がどんな使われ方をするのか実験してみよう。皆でそれぞれ紙に『あんどうかたる』に言わせたい一言を書いてよ。一人何個書いてもいいよ。

 それを切って、見えないように折って箱の中に入れてさ、それを僕がくじ引きみたく引いて、読むから」


 伊吹はあえて僕に言わせたい、ではなく『あんどうかたる』に言わせたい、と表現する事で、皆の罪悪感的なものを和らげてやる。今ここで読み上げるのは伊吹なので、『あんどうかたる』よりも破壊力が高い事に本人は気付いていない。


「え、美哉みや橘香きっかも参加するの?」


 二人は答えず、黙々と紙に文章を書いては切って折り、次の文章に取り掛かる。あえて自分達が遠慮なく文章を書く事で、周りの抵抗感を薄めて云々ではなく単純に伊吹に言わせたい事がいっぱいあるだけだ。



「よし、じゃあ引くよ」


 ある程度のくじが出来がり、適当な箱に入れてかき混ぜ、伊吹が引いた。


「なになに? んんっ。


 愛する君の為ならば、何だってするさ!!」


 まるで舞台役者のように声を張って読み上げる伊吹。自分が考えた文章がこうも感情を込めて読み上げられると思っていなかった琥珀が意識を飛ばしかける。


「じゃ、次ね。


 こんなに濡らして、何を期待してたんだい?」


「ちょちょちょちょっと! 何で私の目を見て言うのよ!?」


「え? とこちゃんの名前が書いてあったからさぁ」


 伊吹が笑いながらくじを見せる。そこには、燈子の目を見て全力でとメモ書きされている。


「美哉ちゃん? 橘香ちゃん?」


 二人のうちどちらかの犯行だとあたりを付けるが、二人は素知らぬ顔で次のくじが引かれるのを待機している。


「はいはーい、次行きますねー。


 お姉ちゃん起きて! 遅刻しちゃうよ!」


「ぐはっ!!」


 参加せず、伊吹の後ろに控えていた智枝ともえが被弾する。強がった割に手も足も出なかった先日の夜の事をからかわれているのだ。


「お姉ちゃん、起きないとイタズラしちゃうよ?」


「あっあっあっ……」


 伊吹のアドリブによる追撃を受け、崩れ落ちる智枝。秘書三人は伊吹がとんでもないソフトウェアを作り出そうとしている事にようやく気付き、どんな場所でどう使われるかをよくよく考えた上で規約を作らなければならないと、認識を改める。


「どんどん行くよー。


 おじいさんとおばあさんになっても一緒だよ」


 先ほどの弟攻撃よりは優しく、ほんわかした雰囲気の文章。男性が少なくなってしまったこの世界でも、乙女チックな女性の夢が叶うという可能性を示せた。

 藍子がパチパチと手を鳴らして喜んでいる。


「今のはあーちゃんか。次は誰かな?


 やっと見つけた。ここにいたんだね、僕のお姫様」


 翠が胸の前で手を組み、キラキラした表情で伊吹を見つめる。この文章を書いたのが翠だと分かり、伊吹が手を差し出す。

 翠が差し出された手を取ったので、伊吹は膝の上へと座らせる。


「あーあ、翠ねぇ終わったわね」


 燈子の呟きを聞こえない振りをして躱して、伊吹は次のくじを引く。


「何だよこれ……。んんんっ。


 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


「ぴぃ~~~~~~!!」


 耳元で伊吹の吐息を食らった翠が飛び上がり、伊吹の鼻に頭をぶつけた。


「すみません、すみません、すみません!」


 頭を押さえながら謝る翠と、鼻を押さえながら苦笑する伊吹。


「罰が当たったのよ、全く」


 そんな二人をジトッとした目で見る燈子。


「奥様の嫉妬」

「奥様怖い」


「違う!」


 美哉と橘香がからかい、そして燈子が否定する。


「じゃあ次はとこちゃんが膝の上ね。はいはい座った座った。

 さて、何が出るかなぁっと。




 曲者くせものじゃ! 出合え出合え~~~!!」


「何でそうなるのよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る