選別

 VividColorsヴィヴィッドカラーズからイサオアールへ新人Vtunerブイチューナー対決を受けるという返事がなされた。

 イサオアール側の代表者は、以前弁護士事務所で対面した人物であり、藍子あいこ紫乃しのがイサオアールへ出向いて準備期間や詳細な条件などが話し合われた。


 準備期間は二週間で、ハム子と安藤家あんどうけは新人Vtunerブイチューナーのチャンネルに出演・共同生配信をしてはならない。


 チャンネル開設から一ヶ月後のチャンネル登録者数のみを競う。

 視聴回数や同時視聴接続者数や投げ銭収益などは勝敗条件に含めない。


 イサオアール側Vtunerが勝利すれば、ハム子を安藤家の中の人、つまり伊吹に会わせなければならない。

 VividColors側Vtunerが勝利すれば、ハム子はYourTunesユアチューンズを引退しなければならない。


 以上の内容で契約書が交わされ、準備期間に突入した。



「例えば、今まで僕が生配信で喋った声をぶつ切りにして繋ぎ合わせて、全く別の文章を合成出来るようにする、そんな技術を確立したいと思っています。

 そして会話させるだけではなく、歌わせる事も出来るようにしたい。その為に必要な知識や技術をお持ちの方を集めてほしい」


 現在、伊吹はビルの四階にある大会議室に人を集めて話をしている。前世世界では一般層まで浸透していたVOCALOIDとVOICEROIDを、こちらの世界でも再現すべく動き出した。

 まずはそういう事が出来そうな人を集める事から始める。宮坂みやさかグループから新たな秘書が二十名参加しており、グループ内の会社や研究者をリストアップさせる。

 VividColorsと宮坂家が共同出資して専門の会社を立ち上げて、リストアップした人達に声を掛けて内部に取り込むか、もしくは共同開発者とする。


「事前に収録したお兄様の声をそのまま流すのではなく、全く喋った事のない文章をソフトウェアを使って喋らせるという事ですの?」


 VividColors内部の技術者代表としてVCスタジオの河本こうもとも参加している。ソフトウェアが完成した際、最初に使用するのはVCスタジオの人間になるからだ。

 河本はクラシカルなふわふわした水色のドレスを着て、カクテルハットと呼ばれる小さな帽子を斜めにずらして被っている。

 伊吹はそろそろ戻って来れなくなるんじゃないかと思うが、本人が幸せならその方が良いかと放置する事にした。


「将来的には安藤家の四兄弟が全員同時に出演する生配信をしたいと思ってる。

 それとは別に、安藤家に歌わせる事が出来るソフトウェアを販売して、YourTunesで自由に公開してもらえるようにしたい」


 自由に公開出来るようにしてやれば、各個人が様々なメロディや世界観を持った楽曲が生まれ出て、この世界の音楽は急速に発展していくはずだと伊吹は考える。

 そして、そのソフトウェアを公開する前には大前提としてやっておかなければならない事がある。


 伊吹は藍子へ目配せし、河本の頭を撫でてから、美哉みや橘香きっか智枝ともえを伴って大会議室を出て行った。

 燈子とうこ紫乃しのみどり琥珀こはくはその場に残っている。


 藍子が立ち上がり、メモを取っていた秘書二十人に対して指示を出す。


「喋らせるソフトウェアと歌わせるソフトウェアは別で開発した方が良いと判断した。仮称として喋らせる方を『あんどうかたる』、歌わせる方を『あんどうた』として、今いる人員を二つに分けたいの。

 貴女達は自分がどちらを担当した方がより役に立つか考えて、自主的に分かれてくれるかしら?」


 今まで静かに話を聞いていた秘書達に、小さなざわめきが起こる。

 この場にいる秘書二十名は全て、宮坂姓を持つ女性である。全員が藍子と燈子と姉妹関係という訳ではないが、顔見知りであり、全員が年上に当たる。

 この場に呼ばれた以上、宮坂グループ内でも重要な役割を任せられる能力を持っている人物で、それなりにプライドを持っている。

 自分より年下で宮坂グループには就職せず夢を叶えるべく会社を立ち上げたが挫折しかけたところを偶然たまたま男性様に拾われて助かった。そんな出来損ないが、上級職員である自分に上から指示を出すなどと、と憤慨した人物が立ち上がる。


「ずいぶん偉くなったわね、あいちゃん。大人の女にしてもらって全能感に振り回されちゃってるのかな?」


 腕を組み、藍子を睨み付ける女性。伊吹の秘書としての役割で呼ばれたが、本来は宮坂グループの中核企業で管理職として働いているキャリアウーマンだ。

 その女性に触発されたのか、同じように藍子や燈子を睨み付けたり、わざとらしくため息を吐いてみせたり、化粧を直し出したりと好き勝手な行動をし出す六人の女性。

 その他の女性達は静観していたり、どうするべきか悩ましげな表情を浮かべたりしている。


「せーっかく男性様に見初められると思っておめかしして来たのに、藍子の指示に従わなきゃなんないなんて聞いてないんですけどー」


 プッ、と噴き出してしまう燈子。耳を押さえて俯き、誤魔化そうとしたが、その女性の怒りを買ってしまう。


「だいたいただの大学生が偉そうに、何でそっち側に座ってんのよ!」


「そうよ、おかしいわよ! おこぼれで抱いてもらってるクセに!」


 一度決壊すると、止めどなく悪感情を晒してしまう六人。わーわーと騒ぎ、私も寝室へ呼ばれるよう手配しろなどと好き勝手な事を言いだす。

 そこへ勢い良くドアを開け、福乃ふくのを伴って戻って来た伊吹。


「この六人は信頼出来ません。事業から外して下さい」


「あんた達、もういいから帰りな」


 自分達が試されていた事に気付き、顔を真っ青にする六人だったが、後から入って来た紫乃達に外へ連れ出された。


「さて、試すような事をして申し訳ないです。ですが、社長である藍子さんの指示に従えないような人は信頼に値しません。

 もしも藍子さんや燈子さんの下に付くのが嫌なら、今のうちに外れて下さい」


 残り十四人の女性が立ち上がり、深く頭を下げた。

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