DVDがやって来たヤァ! ヤァ! ヤァ!
自分以外にも転生者がいた、という伊吹の発言に、何とも言えない空気感がオフィスに漂う。
まだ言っているよ、というものや、何を言っているんだろ、という目。いつも通りなのは
「とりあえずDVDを確認しよう」
不織布ケースに入れられたDVDが数十、いや数百はある。一枚一枚に曲のタイトルが明記されており、一枚につき一曲吹き込まれているのだと伊吹は想像する。
「やべぇ、手が震えて上手く掴めない」
ケースのフィルム同士がくっついて剥がれにくかったり、無理に剥がしてしまって破れたりする。段ボールは傷んでいないが、中に入れられていたDVDは結構古いものであると予想される。
「
「分かりました」
選ぶのを諦めて、ソファーに沈むように座り込む伊吹。期待と不安で身体の震えが止まらない。心配した燈子が腕を取ってさすっている。
画面に映し出されたのはギターを抱えて座る人物。顔は映らない画角になっており、手元が確認しやすいように撮ったと思われる。
ずちゃちゃーん、ずちゃちゃーん、とギターを掻き鳴らしながら曲が始まる。
「男性!?」
「英語!?」
「何この曲!?」
「すごい……」
「このお声は……」
皆の声は、伊吹には届かなかった。身体全体でリズムを取り、そして口ずさむ。そして歌いながら燈子を抱き締める。
「ちょっと耳元で歌わないで、あっ……」
感情が爆発し過ぎた伊吹は、勢いのまま燈子の唇を奪う。そして隣に座っていた藍子にもキスをして、また画面を見ながら歌い始める。その表情はとても晴れやかで、嬉しそうで、懐かしそうな、そんな少年のような顔をしている。
「こんな宝物、本当に貰っていいんだろうか。世界を変えてしまうぞ……」
伊吹が美子に送り主を確認するようお願いするが、そもそも段ボールには配送伝票が貼り付けられていない。誰かが直接
「こんなとんでもないものの著作権、貰っていいんだろか。これだけで遊園地丸ごと作ってチンパンジーを飼える以上の儲けが手に入るぞ」
誰もツッコむ知識のある人物がいない為、あえてここで説明すると、伊吹が想像しているのはマイケル・ジャクソンであり、マイケル・ジャクソンはビートルズの著作権を持っていたのではなく版権を持っていた時期がある、というのが正確な情報となる。
続けて適当にDVDを入れ替えて曲を流すように言われている智枝以外、反応らしい反応を見せない。
伊吹が画面の中の男性が歌うのに合わせて、同じように歌ってみせるからだ。伊吹はこの曲を知っている。誰とも知らない人間が送ってきた、聞いた事のない曲調の歌を。
「多くの楽器演奏者や作曲家や編曲家を集めて契約書でがちがちに縛って、DVDに入ってる曲全部を発表しよう。このDVD専門のレコード会社を立ち上げてもいい。
でも英語だと皇国では受け入れられないか。歌詞は日本語に変えて、ってビートルズがやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ! はダサ過ぎるだろ!」
伊吹の情緒がずっとおかしい。皆は美子に目線を送るが、何故か美子は俯いて何かを考え込んでいる様子。こういう場面で伊吹を諫める役割である
「あー、この曲カラオケでよく歌ったなぁ。英語の授業で習ったもんなぁ。歌詞の意味も知らずに歌ってからかわれたの思い出すなぁ。
お、次はこれか。二人は結婚して幸せに暮らしました、って曲なんだよね。ここの部分に意味はないらしいんだけどさ……」
突然、伊吹の解説が止まる。そして、曲が終わりDVDを入れ替えようとする智枝に繰り返し再生するように伝え、そして黙って曲を聞き込む。
「……女性の声が入ってますね」
「あ、ホントだ。紫乃ねぇ、よく分かったね」
「この呪文みたいなとこだけですね」
呪文のような部分を歌う女性の声に気付いて以降、皆が口々に曲の感想を言い合うようになった。
「英語の歌詞、独特ですね。あまり意味が分からない曲が結構あります」
「イギリス英語とアメリカ英語でも全く違うものね」
「この曲はどの国で作られたんでしょうか。男性は日本人のようですし、発音はお上手ですが特定は難しそうですね」
この世界の英語と、伊吹が元いた世界の英語では、単語の持つ意味や発音などが違って意味が伝わらないという現象が発生している。
「……ん、水? じゃなくて、涙?
お兄さん、泣いてるの?」
伊吹に抱き締められたままの燈子の手に、伊吹の流した涙が落ちた。
皆に見つめられ、伊吹はようやく自分が泣いている事を自覚する。
「あれー、何で泣いてんだろ。おかしいなぁ。さっきから胸がちくちく痛むんだよねぇ。何か懐かしいような、温かいような、切ないような、さぁ……」
泣いている事は自覚したが、何故自分が泣いているのか分からない伊吹。周りを心配させない為に、あえて笑ってみせる。
「何だろうなぁ、この女の人の声さぁ、どっかで……」
首を捻って考えている伊吹の視界に、俯いている美子の顔が入り込む。そして、ようやく伊吹は思い当たった。
「そうか、お母様の声だ」
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