技術 × 技術

 みんながオフィスに集まり、昨日の三回目の生配信についての反省会が行われている。


「核兵器云々の話はちょっと過激だったね」


 藍子あいこが少し困った顔でそう話す。

 伊吹いぶきとしては自分の前世世界の出来事を話しただけのつもりだったが、視聴者の反応があまりに大き過ぎて驚いている。


「伊吹様、皇国とアメリカの精戦は一旦落ち着いたとはいえ、国民感情として染みついた反米感情は消えてなくなりはしないのです」

「皇国に何十人もの間諜を送り込み、どれだけの被害があったか。伊吹様も心乃春このは様から教わったはずです」


 あまりピンと来ていない伊吹に対して、美哉みや橘香きっかが説明する。もちろん伊吹としてもこの世界の歴史は知識として頭に入っているが、元の世界の同盟国、そして文化の発信地としてのアメリカのイメージが強過ぎて、周りとの認識に差が出てしまうのだ。


「まぁ、あまり刺激しないように気を付けるよ」


 そもそも伊吹は歴史問題について自ら話し出すような性格ではない。昨日は投げ銭コメントに対して答えただけだ。今後はあのような流れにはならないだろう、と伊吹は思っている。


「では、昨夜の配信結果について報告するね。

 投げ銭の合計額が一億円を越えました。最高同時接続者数が百四十万人。チャンネル登録者数が四百八十万人まで増えました」


「皇国の人口が八千万人だから、ぼちぼち増加は緩やかになっていくでしょうね。同接については仕事をしていて見たくても見れない人もいるだろうし。

 というよりも、これ以上伸ばす事を目標とするんじゃなく、如何に減らさないかに重きを置くべきなのかな」


 燈子とうこの言った通り、必ずいつかは頭打ちになる。勢いが強ければその分、頭打ちになるのも早い。一回の生配信で受け取れる投げ銭の額は、もうそれほど増えないだろう。


「というか現状貰い過ぎてビビるくらいだけどね」


 三日間でのVividヴィヴィッドColorsカラーズの収益だけで、ビルの改装工事に掛かった費用とVtunerブイチューナー用に十五セットも用意した機材の代金を回収した計算になる。

 

 そして今日からこのビル内に、生配信したアーカイブ動画から切り抜き動画を作成し、投稿する部署が発足する。

 部署、と言っても実際は子会社化したVCスタジオの部署だ。そして編集者は正社員ではなくフリーの編集者だ。素材を渡し、編集してもらったものをVividColorsで投稿するという形だ。

 一本いくら、プラス再生回数に応じて追加報酬が発生する方法を取る。自分の編集した切り抜き動画の再生回数で報酬が増える為、クオリティを追求するだろうという判断だ。

 編集者はネット環境のある自宅や自分のオフィスで編集するが、送られて来たその切り抜き動画を投稿しても問題ないかチェックする部署を、このビルの二階に配置した。

 切り抜き動画をチェックする関係上、配信の際のアバターの動きなどを細かくチェックするので、気になる点やもっとこうした方が良いのではという提案をすぐにCGクリエイターに投げる事が出来る。



「それで、VCスタジオの人達は僕が言ってた人材に心当たりがある人はいた?」


「いえ、やっぱり全く分野の違う技術だから心当たりはないって言ってたわ。

 キャラの声も声優さんを雇ってたって言ってたし」


 伊吹は藍子に対し、とある技術を持つクリエイターを探してほしいと伝えていた。残念ながらまだ見つける事が出来ないが、伊吹にとってはどうしても欲しい技術だ。


「そうだ、とこちゃん美大生でしょ? 知り合いに人工音声を研究してる学生とかいないの?」


「聞いたことないのよねぇ。もう企業に問い合わせて、出資するなり依頼するなりで研究してもらったら?」


 伊吹が探しているのは音声合成技術だ。いわゆるVOCALOIDボーカロイドVOICEROIDボイスロイドのように、キーボードで打ち込んだ文章をさも人間が歌ったり喋ったりしているかのように、合成された音声を出力する技術を指す。

 この技術があれば、安藤家あんどうけの生配信の幅が大きく広がる。


「で、お兄さんはそれを使って何をしたいの?」


「僕の声を元に合成音声にしたら、何が出来るようになると思う?」


「伊吹さんの声を元に……?」


 伊吹の声を元に、音声合成技術を使って人工音声を作成すると。


「四つ子が生配信で同時に出れる?」

「むしろ伊吹様が生配信に出る必要がなくなる」


「美哉と橘香、正解」


 伊吹が生配信に出る必要がない、というのは言い過ぎにしても、四兄弟のキャラや言いそうな事を把握している人物がキーボードを打てば、配信としては成立するはずだ。


「え、それって人として大丈夫? すごく不気味ね……」


 燈子が心底嫌そうな表情をするが、伊吹は共感出来なかった。


「そもそも安藤家四兄弟は人間じゃなく二次元の向こう側にいる存在だからね。

 中の人などいない、いいね?」


 藍子は頷いているが、燈子はイマイチまだ安藤家というキャラクター像を捉え切れていないようだ。

 伊吹という中の人の顔を知っていて、一緒に開発を進めているのだから当然ではあるが。


「それより、今日の生配信の事は伝えてくれた?」


「ええ、伊吹さんがお願いしてるからって言ったら来てくれる事になったわ。

 生配信の二時間前にはこのビルに来てほしいって伝えてあるから、事前に顔合わせする時間は取れるから」


「了解、よろしく」


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