命名

 京香きょうかが無事にビルへと戻って来た。男性保護省で精液採取器を提出した後に、関係各署を回った後、伊吹や侍女達がこのビルで寝泊まりする為に必要なものを買い揃えていたと報告があった。


 伊吹いぶきは屋敷が襲撃された件について、きちんと捜査が進んでいるのかの確認へ行ったのだろうと受け取った。あまり自分から詳細を確認するべきではない気がして、お疲れ様と声を掛けるのみに留めた。



清風明月せいふうめいげつ

花鳥風月かちょうふうげつ

雪月風花せつげつふうか

春夏秋冬しゅんかしゅうとう

山紫水明さんしすいめい

鏡花水月きょうかすいげつ

流言飛語りゅうげんひご

酒池肉林しゅちにくりん


「方向がズレて来たな」


 現在、オフィスに集まって男性Vtunerブイチューナーの名前を考えている。

 伊吹が提案した、一つのチャンネルに四人の男性キャラを使い分けて活動するという前提で話し合っており、名付けの取っ掛かりとして美哉みや橘香きっかが四字熟語を挙げていた。


「きよし、かぜ、あきら、つき、ですか。ちょっとしっくりは来ないかもですね」


 大画面のテレビにケーブルを繋ぎ、ノートパソコンの画面を表示させている。藍子が先ほど挙げられた四字熟語を入力し終わり、腕を組みながら考える。


「そのまま使わずにもじって使うのはありかな。長男が一清でいっせい、次男が風次でふうじ、三男が……。

 数で合わせるのは無理か。四がそのまま入る名前が思い浮かばない」


「四つ子ならみんな横並びって事で数字を入れなくても良いんじゃない?

 春也しゅんや夏生なつお千秋ちあき冬真とうまとか」


「山の入る名前はちょっと思い付かないし、水も無理矢理合わせた感が出てダサくなるかもな」


 うんうんと唸りながら候補を挙げていく伊吹と藍子と燈子。美哉と橘香は四字熟語を挙げたのみで、名付け自体には参加せずに控えている。


「別に名前を何かになぞらえて揃えて付ける必要もないんだけどねぇ」


 そう燈子は言うが、VividヴィヴィッドColorsカラーズからVtunerブイチューナーデビューした元一期生はしっかりと統一感のある名付けが行われている。


 伊地藤いちふじ玲夢れむ

 仁多賀にたか絵夢えむ

 美那須みなす来以夢らいむ


 こちらは姉妹の設定ではないので、名字が初夢で見たら縁起が良いとされる一富士二鷹三茄子を元に付けられ、名前は夢を入れる事とし、後は語感に漢字を当て込んである。


「元一期生の名付けは誰がしたんですか?」


「私がしました。一人でうんうん唸りながら。楽しかったなぁ……」


 藍子は三人の名付けをした勢いのまま、まだデビューが決まっていないどころか、デビュー候補者も決まっていないキャラの名付けを行ってしまう。


 一ノ瀬いちのせ睦月むつき

 二階にかい如月きさらぎ

 三村みむら弥生やよい

 四方しかた卯月うづき

 五条ごじょう皐月さつき

 六平むさか水無月みなづき

 七海ななみ文月ふみつき

 八軒はちけん葉月はづき

 九野くの長月ながつき

 十文字じゅうもんじ神無月かんなづき

 郡士ぐんじ霜月しもつき

 石王丸いしおうまる極月きづき


 この名付けを行った。行ってしまった為に十二人の所属YourTunerユアチューナーを同時にデビューさせる方針を決め、十二人分の機材やアバターを用意しなければならず、出費が膨らんでしまった。

 その上、伊地藤玲夢にデビュー予定者を引き抜かれ、機材ごと奪われてしまった。


「あはははははっ」


「あーちゃん帰って来て!」


 口を開けて白目を剥いている藍子の肩を燈子が叩く。


(現ゆめきかく所属Vtunerは名前に統一感があるから、逆に統一感がない方が良いかも)


 名付けの方向性をガラッと変えて見せる事で、差別化を図っている事をアピールする。相手にしていない事を暗に伝える。


 伊吹は伊地藤玲夢をボコボコにしてやりたい、ぶっ潰してやりたいと思ってはいるが、直接名指しして批難したり、誹謗中傷をしたりして引き摺り下ろそうという意味ではない。

 自分の配信をクオリティの高い内容にし、如何に自分が低レベルな配信をしているか気付かせるような形を取るのが理想だと考えている。


 統一感がないように見える。いや、統一感はあるが伊吹しか知らないもので統一すれば名付けしやすい。


「ねぇ、四字熟語以外に名付けの理由になるものないの?

 お兄さんのお母様やお祖母様からあやかったり出来ない?」


「あぁ、そういうのでもいいのか。

 僕の母は咲弥さくやで、祖母は心乃春このはです。

 字は……、藍子さん、ちょっと失礼して」


「えぇ、どうぞ」


 伊吹は藍子からノートパソコンを借り受け、キーボードで入力してテレビ画面に二人の名を表示させる。


「お祖母様のお名前がコノハ、その娘さんがサクヤ。

 これって木花開耶姫このはなのさくやひめに合わせて娘さんのお名前を付けられたのかな?」


「……初めて気付いた」


 伊吹は自分の祖母と母親の名前にそんな共通点があったなど、今の今まで気付かなかった。

 コノハナノサクヤヒメは、日本書紀や古事記に登場する日本神話の女神である。


「ご自分のお名前が神様を由来としているのに、お兄さんは神様のお名前じゃないのねぇ」


 燈子の何気ない一言が、伊吹に閃きを与えた。

 神様の名前。


(神様達の名前を由来にさせてもらおう!)


「ちょっと思い浮かんだ名前があるんですけど、口で言うんで漢字は藍子さんが決めてもらっていいですか?」


 ノートパソコンを藍子へ返し、名前を告げる。


「えいじ、


 あきら、


 おさむ、


 しょうたろう」


 藍子は言われた通りに入力していく。


「お兄さん、それは何に由来する名前なの?」




「僕がいた並行世界の神様達の名前だよ」

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