藍子の躓き
楽しそうに自分の仕事内容を語っていた
「すみません、アイスコーヒーのお代わりをお願いします」
「あっ、私もお願いします! すみません、飲み物がなくなったのに気付かなくて」
長々と自分語りしていたのに気付き、藍子は顔を赤らめながらストローに口を付けて残りを飲み干す。
伊吹は興味深いです、と答えて気にしていないと伝える。
ママさんがお代わりのアイスコーヒーをテーブルに置き、藍子はミルクとシロップを入れてかき混ぜると、改めて自分の会社の置かれた状況について説明しだす。
「最初の一人が契約してくれてから、その子の横の繋がりで所属契約について詳しく聞きたいと言って下さるYourTunerが連絡を下さるようになりました。ありがたい事に、少しずつ所属YourTunerが増えていったんです」
一人で活動するYourTunerでも、YourTuner同士の繋がりを持っている。お互いのチャンネルに出演し合う事により多くの新規視聴者の目に触れる機会を得て、双方のチャンネル登録者を増やす事が出来るのだ。
その繋がり内での紹介で、VividColorsの所属YourTunerは最大15名まで伸ばす事となった。一企業の売上として見るとまだまだ零細と呼ばれる規模。
しかし、藍子は順調な滑り出しであると判断した。現状、事業は上手く行っている。であれば、勢いを付ける為にも、自分の目標であるVtuner事業の為にも先行投資が必要だ。
「所属YourTunerが増えても、すぐにみんなをVtuner化する事は出来ません。イラストの発注やモーションキャプチャー用の機材の購入、撮影するスタジオの用意や自宅での動画撮影やライブ配信が出来るようにする為の環境整備など、とても15人分用意する事は出来ません」
伊吹が元いた世界では、すでにヴァーチャルライバーは一般層にまで浸透していた。誰もが特別な機材を用意する事なく、スマートフォン一つで配信する事が出た。
が、この世界ではまだそのフェーズには達していない。広く普及していない技術に関する機材はとてつもなく高価だ。伊吹が元いた世界ではスマートフォン一つで出来る事でも、この世界においては複数の高額な機材が必要となる。
「ですので、所属YourTunerの中からチャンネル登録者の多い3名を初期メンバーとして選出し、一期生としてVtunerデビューさせたです」
ヴァーチャルライバー達を世に知らしめ、一般層にまで普及させる。この世界の映像配信技術を新たなフェーズへと押し上げるキーパーソン、それが藍子がなのだと伊吹は理解した。
「一期生Vtuner達はデビューしてすぐ、収益が爆発的に増加しました。やはり私の判断は間違っていなかった。そう確信したのです。
残りの十二名を二期生としてVtunerデビューさせるべく、すぐに詳細な事業計画書を作成し、色んな銀行へ融資のお願いをして回りました。
が、YourTunerという職業自体がまだ市民権を得ていない事に加え、さらにヴァーチャル配信に特化した事業にお金を貸してくれる銀行はありませんでした」
ただの事業家であればそこで一度立ち止まり、現在得ている収益を増やしてから改めて会社の自己資本で事業拡大を行うだろう。
が、藍子はただの事業家ではなく、秘めている情熱もまた半端なものではなかったのだ。
「個人名義の銀行口座から必要最小限のみを残して全額引き出し、それでも足りない分は親から譲られて私が所有していた投資目的の株や不動産を売却して現金化しました」
ん? と伊吹は首を傾げる。今聞かされた内容を鑑みるに、藍子はいわゆるお嬢様だ。それも相当なレベルで。親に泣きつけば直接会社へ資金を出してくれるのではと思ったからだ。
伊吹の浮かべた表情から察し、藍子は小さく首を振る。
「
反対はされませんでしたが、自分で決めたのだから自分の力で頑張ると約束したんです。事業拡大の為にお金を出してとは言えませんでした」
先ほど藍子が口にした投資目的の株や不動産というのは、節税目的で親が藍子へ譲渡したものであり、資産運用を経験させる目的も含んでいる為、売却するタイミングは藍子に任されていたものだ。
「詳しい会計処理方法は省きますが、会社として新規発行した株式を私個人が購入するという形で会社の資金へ回しました。好条件の一棟貸しのビルが見つかったので、オフィス兼スタジオとして賃貸契約をしました。所属YourTunerが望めばビルに住み込めるよう内装工事にもこだわって発注依頼を掛け、私自身も引っ越し手続きを進めました。
そうして所属YourTunerも、裏方として支えるスタッフもフルに働ける環境を整えていたんです」
思い切った事をするなぁと、伊吹は藍子の行動力に感心した。ゆっくりと夢へ向かって一歩ずつ歩んで行くタイプではなく、今が攻勢を掛けるべきだと判断すれば脇目も振らず突き進んで行く一意専心タイプだ。
一意専心を悪い言い方へ変えるとすれば猪突猛進。周りが自分の行動をどう評価しているか、あまり気に留めなかったのではないかと伊吹は想像した。
「ビル一棟の内装工事をするとなると、費用はもちろんですが時間が掛かります。各種機材の手配は一期生の時のツテがありますし、アバターのイラスト作成も問題ありませんでした。
……ビルの工事以外の手配を素早く終わらせる事が出来た。その事が私自身の足を引っ張る事になるとは思いもしませんでした」
ふぅ、と小さく息を吐く藍子。そこに悲壮感はない。伊吹はその表情から、藍子が冷静に過去の出来事を思い返している印象を受けた。負の感情が見えない、前を向いている人の表情だ。
「ビルの完成を待たず、先に撮影機材を各所属YourTunerへ貸し出しました。一期生はそれぞれ自宅で撮影した動画やライブ配信で多くのチャンネル登録者や馴染みの視聴者を獲得していましたから、二期生にも早くそうなって欲しかった。より多くのリスナーに、Vtunerの可能性に気付いて欲しかった。
もうすぐ二期生のデビュー日だと言うタイミングで、大手事務所から所属YourTunerの大量離脱が報じられました」
業界最大手、百人を越える所属YourTunerを抱えていた
TUUUNは所属YourTunerとの契約で、収益をYourTuner7:会社3の配分で分配していた。が、内部告発をした元所属YourTunerは会社へ収益を三割も渡すに見合う恩恵を与えられていないと主張したのだ。
「先ほども説明した通り、VividColorsはTUUNを上回る四割のマネジメント料を受け取っています。一連の報道を見た弊社所属のYourTunerは、やっぱり騙されていたのだと騒ぎ出しました。
私としては、Vtunerというまだそれほど競合のいないジャンルで勝負出来る道筋を提示しているという自負があります。技術面でのサポートもそうですし、最新技術を取り入れたスタジオの準備も進めています。
他事務所と比べると取り分が多いかも知れません。でも、それは私が私腹を肥やす為の利己的なものではない。二次元の壁を越える為の、さらに設備投資に回す為の重要な資金源だった」
藍子の情熱は、想いは、やはり所属YourTunerには伝わっていなかったのだろうと伊吹は思った。全く伝わっていなかったとまでは思わないが、自分の夢を叶える為に動いている藍子と、ある程度のまとまった現金を優先するYourTunerとでは見ているものが違ったのだ。
「説明しても聞いてもらえませんでした。VividColorsの取り分を四割から三割に減らせと言われるのなら、まだ何とでもなったでしょう。
ですが、彼女らは思ってもみなかった手段を取ったんです。VividColorsからの独立です」
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