9月22日の蝉

千崎 翔鶴

1.落ちた蝉

 ジジ、ジジ。

 目の前のアスファルトに、ぼとりとセミが一匹落ちた。夏の間あらん限り声を振り絞って鳴いた蝉が、力なく声を上げている。

 ひっくり返り、腹を見せ、足はわずかに動いている。夏の間は街路樹にしがみつき、声を張り上げたセミが、こんなところにぼとりと落ちる。

 黒い靴の爪先、あと数センチ。足を止めて、そのセミにただじっと視線を注ぐ。

「ああ、そう」

 オスのセミとは、鳴き騒ぐものである。声を張り上げ、伴侶を探し、己の遺伝子を何とかして次へと繋げようとする。

 メスと出会えたオスのセミは、二匹で雑木林へと飛んでいく。セミの卵というものは、セミの幼虫というものは、木の根のところにあるものだ。

「そうか」

 ひっくり返り、それでも最期の瞬間まで鳴くしかできない。最早メスが来ないと分かっているはずなのに。

 黒いスカートの下、ストッキングの下、黒い靴の下。残りの命はいくばくもないセミが、そこで哀れにも白い腹を見せている。


 きみはなにも、のこせなかったのだね。

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