第4話 高篠さんと初めてのデートの思い出

 付き合い始めてからの3ヶ月の日々。

 俺は高篠さんに対して彼氏ヅラをするようなことはせず、できるだけ普通に接することにしてきた。


 というか、クラスの友達のようになれた、という点が大きな進歩である。

 そして、実際に話してみたら、彼女はやっぱり思っていた通りの人だった。



 他人のことをおだてず、けなしもせず。

 お節介はしてくれないけど、見て見ぬふりもせず。



 俺にとっての程よいバランスが、一緒にいて心地よかった。


 つくづく俺ってひねくれているよな、と思う。

 親切にされたら普通は嬉しいに決まっているはずなのに、そんなときはつい、『何か裏の目的がある』と、相手が自分に求めている対価を想像してしまうのだ。

 だけど、高篠さんといるときは、そういった感情が一切湧いてくることがない。

 純粋な人の心の温かさを、素直じゃない俺でも感じられる相手なのだった。



 話しかけるときはだいたい俺の方からだったけど、意外と俺がハマっているゲームをやり込んでいる事実が発覚したりして。

 そんなときは高篠さんの方も積極的に話に乗ってくれて、俺は嬉しかったし、何より楽しかった。



 だが、それだけで十分幸せなはずなのに、俺はどうしても満足できなかった。


 高篠さんから異性として意識されていない。


 告白の返事の時もそうだったし、ふとした瞬間でそれを感じるたびに、そんな行き場のない気持ちが自分の中に蓄積されていく。


 元はといえば、友達になりたいって気持ちが強かったはずなのに、高篠さんが他の女友達に接するときと同じ態度であることが、自分の中で上手く受け入れられなかった。

 どこまでも強欲な自分が嫌になるけど、俺は彼氏なのだからそれくらい望んでもいいはずだと自分に言い聞かせた。




 だから、交際を始めて1ヶ月が過ぎたある日。

 そんな関係を変えたかったのか、何を思ったのか。

 俺は高篠さんをデートに誘ってみた。


 初めてで何もわかってなかったし、すごく緊張した。

 映画でも見ようかと、そのときに放映中の作品に予め目星を付けてから話してみたは良いものの、それ以外のデートプランがガバガバだった。

 頑張って考えたつもりだったけど、所詮そういった経験のない男子高校生が考えられる計画なんて、たかが知れていた。

 しかし、そんな風に困ってしまう情けない俺に、高篠さんはさらっと「欲しいものがあるから」と、隣接するショッピングモールでの買い物をしたいと言ってくれたのだった。




 そんな経緯があったからか、デート当日については、目的の映画鑑賞よりもその後の時間の方が印象に残っている。


 映画の後は買い物をしたい、という話だったにもかかわらず、高篠さんは途中で見つけたペットショップのワンちゃんに釘付けになったり、クレープを衝動買いして食べたり、寄り道ばかりしていた。

 ワンちゃんは可愛かったし、クレープは美味しかったしで楽しかったのだけど。

 皮の部分の最後の1口を食べ終わったとき、ふと、高篠さんは本当に欲しいものがあったわけではなかったのではないか、ということに俺は気がついてしまった。


 その日の高篠さんは、いつになく上機嫌で、笑顔が可愛いな、なんて思ってドキドキしたが、そんなことを考える資格は俺にあるのかな、と、そんな疑問をつい抱いてしまった。

 映画の後、そのまま帰らずに俺と一緒の時間を過ごすことを選んでくれたのが、凄く嬉しいはずだったのに。

 彼女に気を遣わせてしまったことに気づき、男として情けなく思ったのだ。


「あそこに寄ってもいい?」


 ショッピングモール内のお店を何軒か見てまわったのち、高篠さんが指さしたのは女物の洋服店だった。


 特にプランのない俺にとっては、いいもなにもなかったというのもあるが、ふと高篠さんの色々な私服姿がちょっと気になって、即答で「ああ」と返事をしてしまった。


 ……というのも、その日の高篠さんの服はジーパンに黒Tシャツという、男が夜にコンビニに行くくらいのラフな恰好だったのだ。

 デートでまず会ったら女の子の服装を褒めるべき、なんてどこかで目にしたけど、自分に正直な俺は彼女に何も言えなかったってのはここだけの話。


 だから高篠さんのお洒落した姿を見てみたかった。そんな下心が見え見えで、今の返事は不自然ではなかっただろうか……。


 しかし、そんなことを心配しつつ、ワクワクしていた俺の期待を裏切って、店内に入ってから知らぬ間に何着か入れたカゴを持ったまま試着室に入ろうとする高篠さんは、どういうわけかそのタイミングで俺のことを手で制した。

 いや、女の子の着替えを覗くわけないだろう、と思わずツッコミを入れそうになったけど、どうやら着替えた後の服装を見られることすら嫌、って意味だった。


『なんだよ、それ』


 思わずそう呟いてしまいそうになったが、もうここまで来たら、ずさんな俺のデートプランの穴埋めをしようと、高篠さんが俺に代わって色々と考えて今日一日を過ごしてくれていたことは明らかだし、そんな俺には文句を言う権利もない。

 男一人で店内をうろついていては不審者になってしまうから、俺は寂しく店の入り口でスマホを弄ることにした。



 20分くらいそうしていると、高篠さんは衣服を何点か購入したようで、少し大きめの紙袋を手にして、店から出てきた。


 いったい何を買ったのだろうか。気になった。

 カゴの中身を先に見ておけば良かったな、と思いつつ、女の子に大きめの荷物を持たせるのもあれなので「持つよ」とさりげなく紙袋に手をかけたつもりだったが、それさえも「嫌」と激しく拒絶されてしまった。


 凹んだ。




 なんか空気が悪くなってしまい、俺はとっさに見えたゲーセンに高篠さんを誘ってしまった。


 彼女はゲームが好きなので楽しんでくれたみたいだったが、明らかに紙袋が邪魔だったし、そもそも女の子との初デートでゲーセンは相応しい場所だったのか、疑問である。






 本当に情けないことだが、実はその日以来、俺は高篠さんをデートに誘うことができていない。


 なお、繰り返しになるが、俺たちは現在、交際3ヶ月である。

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