BLの世界に転生して推しとお兄様を応援していたのに……あれ?違う? 

彩理

悪役令嬢は推し活がしたい

 *


「あれ? ここ何処?」


 確か昨日は自宅近くで一人焼肉して、ビールとチューハイをしこたま飲んだ。何となく記憶の片隅に「乾杯」の嵐をした覚えがあるが顔は全く覚えていない。


 もしかしてお持ち帰りされた!?


 そんな不穏なことを思ったもののすぐに起きて確認しなかったのは、見たこともない天蓋付きのベッドにふかふかの羽根布団。ベットの横にはアンティークのチェスト、その上に薔薇のステンドグラスのランプまである。

 そして極め付け、めっちゃ高そうな切子きりこの水差しが置かれていたからだ。

 間違ってもこれ安ホテルじゃない。


 何処かの高級旅館の洋室スイートといった感じだ。酔っていたとは言え同意のものだった場合騒いで恥をかくのは私だ。


 いったい誰に連れ込まれた?

 さだかではない客の顔をもう一度思い浮かべるがやはり思い出せない。


 そこに、ノックもせずに紺色のお仕着せを着たメイドが入って来て、目を覚ました私を見て慌てて駆け寄って来た。


「お嬢様、お目覚めになられたんですね!」

 安堵と喜びのにじむ表情で私の顔をじっと覗き込み、おでこにその綺麗な細い指を推し当てて熱がないのを確認すると、花がほころぶようにぱあっと頬を染めて笑う。


「よかった。皆様ご心配しておりました。どこか痛い所はございませんか?」

 驚きで固まっていると、ミルクティー色の瞳が心配そうに揺れながら私の返事をじっと待っている。


「レティシア様……」

 私はドキドキが聞こえてしまうのではなかと思うほど早く鼓動こどうする心臓を両手でおさえて、絞り出すようにつぶやくのが精一杯だった。


「お嬢様?」


 レティシア様だ! レティシア様だ! レティシア様だ!

 瞬きをするのも忘れて私は目の前で動揺するレティシア様を見ていた。

 レティシア様が生きて動いている。

 もしかしてこれは夢?


 夢ならそれでもいい、覚める前に触らなければ。

 私は自分の心臓を押さえていた手を伸ばし、レティシア様の頬に手を当てた。

 すべすべの真っ白い肌に、驚きの表情が浮かぶ。


 ああ、スリスリしたい……。


 その欲求を押さえられなくて、両手で首の後ろに抱き付き、顔をくっつけてレティシア様の頬にスリスリする。


「柔らかくて気持ちいい……初対面の人に現実でやったら立派な犯罪だけど、これは夢だ。頬にキスくらいなら、妄想でも許されるだろうか?」

 私はスリスリしている頬を少しずらし、チュッとレティシア様にキスをした。


「お、お嬢様! ち、ちょっとお待ちください。今お医者様をお呼びしますから!」


 レティシア様は、抱き付いている私を、グイっと身体から離し瞳を大きく見開くと、有無を言わさず布団の中に推し込んで部屋から走って出ていってしまった。


「残念、もっとかわいらしい声を聴きたかったのに」


 それにしても、「追憶の薔薇」のレティシア様が出てくる夢という事はお医者様はカイルかな。

 カイルがいるなら騎士団長のテオドールとか魔術師のオノンとか出てきてくれないかなぁ。

 イヤイヤ、そんなに欲張っては駄目だ。こんなおいしい夢はめったに見られない。寝る直前いくらスチルにお願いしても、何十時間もぶっ続けでゲームした後の夢でも登場してくれることがなかったのだ。ここは慎重に一番推しのギルバート様に登場してもらいたい。レティシア様が出る作品とは違うけど、彼もまた私の推し絵師の善哉様のデザインキャラなのだ。

 夢だもの本人の願望はかなうはず。


 布団をかぶりながら私は小声で「ギルバート様に会いたい。ギルバート様に会いたい」と呪いの言葉のように繰り返した。


「アフロディテ!」

 とても病人の部屋に入ってくる人間の行動とは思えないほど乱暴にドアを開けたのは、残念ながらギルバート様でもカイルでもなかった。


 しかし、私は30歳半ばの男女とそれっより少し年上の男性、後ろに控えるように立つレティシア様を見て、感動で身体が震えた。

 レティシア様以外見たことがないキャラだったが、間違いなく善哉様のキャラ。

 もしかして新作?

 そう思うとボロボロ涙があふれた。


 目の前の光景が尊すぎて、「死んでしまうかも」思わず出た言葉に夢の登場人物たちは一様に真っ青になった。


 ***


 結論から言うと、私はお持ち帰りされたわけでも、最推し絵師様のキャラの夢を見ているのでもなかった。

 アフロディテとしてこの世界に生まれ、10歳で前世の記憶、一ノ瀬はるかだった30年を思い出してしまった転生者だ。

 レティシア様だと思ったのはアンという名の私のメイドで、あの日、あわてて部屋に入って来た30代の男女は両親だ。


 あれから5年。多少前世に未練はあれど、幸せすぎる現在に感謝しかない。


「お嬢様鼻血が出ておりますが……」

 アンが真っ白いタオルで私の鼻血を拭きとろうと手を伸ばしてくる。

 部屋でお茶の用意をしながら庭師の話をするアンを見て、つい妄想が止まらなかったのだ。

 庭師は深緑色の瞳と赤茶色の短い髪のジムという少年だ。

 庭師なのに色白なのも、細身の身体で肥料袋を軽々持つ姿もさわやかキャラで、アンをひそかに思っているらしい。

 いや、見え見えですけどね。


 だって、薔薇園を散歩するとその日一番美しい薔薇を切り、棘を綺麗に処理して手渡してくれるのに、視線はいつも私の後ろのアンを追っている。

 ちくしょー、初恋が尊すぎ。


 私邪魔ですか?

 邪魔ですよね。二人並んでにっこり微笑み合っているところを眺めたいのはやまやまですが、アンはどうしても譲れない。

 私の推しのレティシア様にそっくりなんですよ。ごめんねアン、もう少し独り占めさせて!


「あら、ジム、アンを見つめてるせいかほっぺが赤いわよ」

 私は心の中で謝りながらジムをからかった。


「ち、違います!」

 慌てて否定するが、ジムのほっぺは更に真っ赤に染まった。


 ううう、ジムもアンに負けないくらいかわいい。

 毎回鼻血必須である。


 さて、そんな平和で幸せすぎた5年でしたが、思い出したことがあります。


 今さら、と思ったがどうやら私はこの世界では悪役令嬢キャラだった。

 ぷっくりとしたバラ色のほっぺが、成長と共にシュッとしてきて幼児体系だった身体のラインにくびれらしきものが出来た頃、鏡を見てふと見覚えがあると感じたのだ。

 自分の顔だから見覚えがあって当然だけど、それが前世で最推し絵師様の新作告知でだったと気づく。

「傾国の美女が次回新作の悪役令嬢」そんな予告と共に、銀髪碧眼の美しいキャラが紹介されていた。

 このまま順調に胸が大きく育てば、鏡の中の少女とそっくりだ。

 あれ私じゃん。

 なぜ今まで気づかなかった!


 どうしよう……。


 当然新作予告なので、どんな登場人物がいるのかとか、どんなストーリー展開なのかもわからない。もちろん悪役令嬢がどうなってしまうのかもだ。

 私は肩を振るわせて涙した。

 この世界で私が悪役令嬢だってことは、ヒロインがいて攻略対象が存在するという事だ。


 どうしよう……嬉しすぎる。

 善哉様の攻略対象キャラをまじかで見られるなんて尊いこと間違いなしだ。


「アン、お父様にやっぱり今年デビューするって伝えたいからお部屋に行くわ」

 アンは、目を丸くして驚いている。

 そんな顔、アニメのキャラしかしないけど、もちろん驚いている姿もかわいい。


「お嬢様、今年の王宮でのデビューとなるとあと3か月しかありませんが」


「うん、わかってる。でも、絶対に見逃せないのよ」

 悪役令嬢だとわかった今、いつ断罪されるかわからない。

 その前に絶対にヒロインと攻略対象者に会いたい。

 いったい何人いるのか知らないけれど、できるだけ多くの対象者に会ってからでないと死んでも死にきれない。


 私はその日から攻略対象者を血眼になって探した。


 **


 王宮にて社交界デビューを果たすにあたり、エスコートは皇太子付き従者のお兄様だった。

 お兄様は私とは2歳差で17歳になる。

 前世を思い出した時にはお王宮に部屋をもらい従者として生活をしていたので、ほとんど一緒に暮らしたことはない。

 それでも仲はいい方で、私がちょっと変態ぽい事も知られている。


「お兄様、少し見ない間にになりましたね」

 私と同じ銀髪に碧眼、悪役令嬢の兄とは思えないほど清廉潔白で融通がきかない、インテリを絵にかいたような風貌をしている。

 しかし、見た目とは違い勉強だけじゃなく剣も得意だしシャレもわかる。ギャップ萌えするいい男なのである。


「お前に言われたくない。どうせろくなこと考えていないのだろう」

 眉間に皺を寄せて、ジロリと睨んではいるがエスコートしてくれる手は優しく、口の端が笑っている。

 以前にお兄様の友人との恋仲を誤解してから、私の趣味も知られている。

 だって、綺麗なものはでなければ。

 そういえばあの人、しばらく見かけていない。

 私は風になびく絹糸のような金髪に地球石のように煌めく瞳を思い出した。

 そもそもあれは本当に誤解だったのだろうか? 



 お兄様の剣術の相手としてちょくちょく顔を見せていた、フレディ。

 ちょっと小柄たけど、ダントツに顔は良かった。

 攻略対象かもと思ったけど、ヒロインならまだしも悪役令嬢が幼少期に攻略対象に会うことはない。


 彼との出会いは衝撃すぎた。

 何せ、初めて会った時、庭の木に壁ドンされ顎クイからのキスシーンだったのだ。


 まあ、お約束の通り目に何か入ったのを確認していたというオチだったけど。

 今思い出しても素晴らしいシーンだった。


 思わず呆然と見惚れていると、お兄様が慌てて私に駆け寄ってくる。


「アフロディテ、大丈夫かい?」

「何が」と聞き返す前に視界が狭まり真っ白になった。

 ふらりと、身体から力抜け膝から崩れ落ちる。その寸前お兄様が私を受け止めてくれる。



「ごめんなさいお邪魔をして……絶対にお二人を応援しますから」

 ご褒美シーンに、鼻血を出し悶絶で気絶しそうになりながらも、きっちりと味方であることをアピールした。

 意識が遠のく中、「応援なら元気になってからちゃんと日傘をさして訓練場に来ておくれ」との返事は耳には届かなかったけど。


 くして、しばらくの間、私はこの世界がBLだと認識し、お兄様の恋人はフレディだと思い込んで遠巻きに応援鑑賞していた。



 誤解かもと疑問に思ったのはそれから半年ほどたってからだ。

 またもや庭園でお茶をする二人を見かけ隠れて堪能していると、不意にお兄様とフレディがもう少しで唇がふれるんじゃないの? という距離で見つめ合っている。

 おお! これは……と息をするのも忘れて今か今かとその瞬間を待ち望んでいたのに、いきなりお兄様が立ち上がり私の方に歩いてくる。


 げ!

 覗き見がバレた? と狼狽して回れ右をして屋敷に帰ろうとしたところを呼び止められる。


「あ、アフロディテ。ちょうどいいところに。君の方が視力がいいだろ。フレディの眼に何か入っていないか見てもらえるかい?」

 一瞬これは照れてる? と思ったけどどうやら本当に眼にゴミが入っているようだった。

 まあ、視力の弱いお兄様でははっきり見えないのかもしれない。

 まさか、フレディは逆まつげなの?


「い、いいですわ」

 動揺を悟られないように、冷静に返事をして、フレディの所までぎくしゃく歩いて行く。


「ちょっとかがんで下さい」

 私は肩くらいまでかがんでくれた彼の肩を掴みきらきらの瞳を覗き込んだ。


 うっ。このキラキラお兄様じゃなくても恋に落ちそう。

 ほっぺたが熱くなるのを感じたが、ここで横恋慕よこれんぼすれば立派な悪役令嬢だ。

 私は頭を左右に思いっきり振り雑念を取り払った。


「アフロディテ?」

「ちょっと瞬きするのと息を止めていてください」

「でも、息を止めたら死んじゃうけど」

「……」

 だって、熱い吐息が顔に当たって頭がくらくらするのよ。

 思わず眉間に皺が寄ってしまうが、確かに息を止めてはいられないか。


「わかりました。息はしていいです。その代わりできるだけ怒った顔でいてくれませんか」

「なんで?」

 不思議そうに私を見上げるフレディに、深くため息をついて「自覚がないかもしれませんが、フレイディはとても綺麗です。その気がなくてもふらふらっと過ちを犯してしまいそうなのでドキドキするんです」と素直に話した。


「その気がないんだ」

 さっきまでの柔らかい雰囲気とは違い、ちょっと緊張した声でフレディは呟く。

 お、いい調子。私に過ちを犯されては困ると思ったのか、さっきまでのお兄様との甘い空気が抜けて緊迫感が出てきた。


「過ちを犯しそうでドキドキしてるんじゃなくて、僕を見るとドキドキするってことはない?」

 それは仕方ないでしょう。

 こんなイケメンなんだもの、ドキドキしない方がおかしい。

 でも、ここでフレディの顔を見るとドキドキするだなんて言っては、悪役令嬢というより妹として失格だ。


「もちろんです。私はお兄様の恋人に思いを寄せるほど礼儀知らずではありません」

 どうよ、絶対に悪役令嬢にはならない覚悟をみてちょうだい。と胸を張る。


「アフロディテ……。君のお兄様の恋人とは誰かな?」

 驚きに目を見開いてフレディが質問してきた。心なしか顔が引きつっているように見える。

 ん……? 何か誤解がありますか? 


「あ、もしかして、私がお二人の仲を気づいていないと思われていましたか? 安心してください。お二人のことは以前にも言いましたがどんなことがあっても応援しております」

「アフロディテ。君の目には僕とフォレディが恋人同士に見えたの? もしかして以前も応援するって言ってくれていたけど、剣術のことではなく道ならぬ恋のことだったの?」

「えっと、そうですが……」

 フレディは私に恋仲だとバレていたことがよっぽどショックだったのか、がっくりと肩を落としたかと思うと、ふらふらと立ち上がり「全然気づいていなかった……今日は失礼するよ」と帰って行った。


 この後、私はお兄様にも同じ内容をはなし、思いっきり呆れられたんだった。




 *

 あれ以来、お兄様の恋人らしい男も女も現れない。

 お兄様は否定しているが、私はこの世界がBLなのかどうかはまだ半信半疑だった。

 証拠が少なすぎる。


 昔のことを考えていると、お兄様がイケメンを私の前に連れてきた。

 ほらね、これだもの。

 お兄様の周りにはイケメン多すぎでしょ。


 しかも今回は凄いチャラそう。


「ローラン、僕の妹だ。絶対に手を出すな。痛い目見るのはお前の方だぞ」

 お兄様は本気の忠告をする。


 こういうチャラそうな人の方が、真面目なお兄様と合うかも。

 二人っきりの時はツンなお兄様もデレルとか、まじ覗きたい。


「なにそれ、彼女にならどんな痛い事されてもオッケーだよ」

 え! いいの? 痛い事はしないけど。それって私が頼んだらお兄様との受けもオッケーってこと?


「アフロディテ」

 お兄様がどすの利いた声で私を脅した。


 だってしょうがないじゃない。

 いまだヒロインとは会えず、年頃のお兄様の周りにはイケメンばかり。エスコートする令嬢もいない。

 しかも、この国の皇太子にすら婚約者が決まっていないという。


 これって、絶対BLの世界じゃない?

 宣伝タイトル思い出したとき、傾国の美女が悪役令嬢って、ちょっと違和感あったのよ。

 だって、悪役令嬢って美しいが「高ぴしゃの」とか「釣り目」が定番でヒロインとは正反対のゴージャス美人と決まっている。それなのに私ときたら、自分で言うのもなんだけど守ってあげたい系の美女なのよ。

 どう考えてもショタ系ヒロインの当て馬って感じ?



「とにかく、妹には手を出すな。これでも皇太子の婚約候補だからな」

「え?」(私)

「え?」(兄)

「そうなの?」

「そうだろ?」

「そんな話聞いたことないけど?」

「そんなの聞かなくたってわかるだろ、家はこれでも筆頭公爵家なんだから」

 そうかな、と思ったこともあるけれどこの年まで一度も会ったこともなければ、話にすら上がったことがないのだ。

 そういう設定ではないんだなと、思ってたよ。


「でも、婚約者候補っていうくらいだから、決定ではないんでしょ。できれば皇太子様の婚約者にはなりたくないな」

 だって、最終的に男でも女でもヒロインにもっていかれるんだろうし、悪役令嬢として王子様には近づいちゃいけない気がする。

「ふふふ、妹君は可愛らしい方だね。確かに決定ではないからその前に僕が正式に婚約の申し込みをしてあげようか?」

 絶対に自分はかっこいいとわかっているキラキラした笑顔で、ローランは肩に流れる私の髪を一房手に取るとそっと口を寄せた。

 うっわぁー。めっちゃキザ。

 こんなこと現実にする人いるんだ。

 物珍しいものを見るように私はローランが微笑むのを眺めた。



「冗談はよしてくれ。殺されるぞ」

「殺される?」

 驚いて、お兄様を見ると明らかに「しまった」という顔で目をそらされた。


 いやいやお兄様、いくら私が悪役令嬢でもこんなことくらいで殺したりしないわ。


 あれ?


「まさか、すでに私が悪役令嬢だってバレてるの?」

 自分では、誰もいじめず心優しい令嬢を目指してきたつもりだったけれど、悪役令嬢のうわさを立てれらているのだろうか?

 まだヒロインにも会っていないのに、そんな噂があるなんて恐るべきシナリオの強制力。


「アフロディテ、顔が真っ青だぞ、大丈夫か? いったい悪役令嬢とは何だ?」

 お兄様は私の背中を優しくさすり、心配そうに顔を覗き込んできた。

 眼鏡の奥のまつ毛がなんて長いんだろう。

 一瞬まじかに迫るお兄様の顔に見惚れるも、不安そうな瞳に私は覚悟を決めて話すことにした。

 今ならまだ手遅れになっていないはず。それにお兄様なら、私を嫌いになったりしないだろう。


「悪役令嬢とは、我儘で自分勝手な行いをしたり、攻略対象にまとわりつきヒロインをいじめたりする人間で、最後には断罪されるのです。そういうわさが立っているんですよね?」

「……」

「プッ、アハハハハハ」

 人が真剣に告白しているのに、ローランはお腹を抱えて笑い出した。


「ごめん、ごめん。想像以上に可愛らしい悩みで、まじ心臓鷲づかみにされたかも」

 ヒーヒー笑いながら、なおも笑い続ける。

 何この人?


「笑いすぎだ」

 お兄様が肘で軽くローランを小突き「そんな噂はない」と断言してくれる。


「観劇で流行ってるのかい? こんな美しい令嬢が何だっけ、悪役令嬢? そんな噂あるわけない」

 ローランの言葉に少し安堵する。

 そうよね。この数年間、悪役令嬢にならないように頑張って来たのだ。そんな噂があったらこまる。


「君ほどの美しさなら王子様でも魔法なんか使わずに、たとえどんな我儘を言ったとしてもとがめられることはないよ」

「まったく、お前は調子のいい事ばかり言うな。アフロディテ、こいつはこれでも宰相の息子だ、見た目はちゃらんぽらんだが、情報通なのは確かだ。そんな噂は全くないから安心しろ」

「そうそう。あ、やっと笑ったね。冗談はさておき、他の令嬢の婚期をこれ以上遅らせるわけにいかないから、そろそろ殿下には決断してもらうとしようかな」

 ローランは意味ありげに私を見ると、ニヤリと口角を上げた。


 え?

 何その悪い顔?

 別に私は王子様なんか狙っていないわよ。

 そういうのはヒロインの役目だってわかってるから。


「殿下が令嬢の婚期婚期を遅らせているのですか?」

「ああ、殿下の婚約者が決まっていないので上位貴族の令嬢は婚約を持つのを躊躇っているんだ」

 なるほど、自分にもチャンスがあるとわかれば年頃の令嬢はそう簡単に婚約はしないだろう。


「いまだに、身分をあかせないヘタレが告白できるかね」

「殿下はヘタレなんですか?」

「自分で確かめてみるといい」

 お兄様はため息をつき、こちらに歩いてくる一人の人物に視線を移した。


 あ、フレディ。

 久しぶりに見たけど、きちんと正装した姿はまるで王子様のようにキラキラしているじゃない。

 まさか、お兄様に告白しに来たの?

 私は、ワクワクしてそのシーンを想像した。


「アフロディテ、来てくれたんだね」

「お久しぶりです。フレディ様」

「君の初めてのダンスを僕と踊ってくれないかな?」

「私とですか?」

 お兄様とではなく?


「ああ、君とがいいんだ」

「ええ、わかりましたわ。人目がありますものね」

「いいや、そう言うことじゃなくて、純粋に君と踊りたいんだ」

「お世辞でも、イケメンに言われたら嬉しいです」

「うん、まあ……君が嬉しいならいいや」

 心なしかフレディの元気がない気がする。

 やっぱり公式の場で好きな人と踊れないのは悲しいわよね。


「フレディ様、元気を出してください。いつかきっと気持ちは通じます!」

「そうだね。それを願うよ。今日は楽しく踊ろうか」

「はい」

 私はフレディにエスコートされ、ダンスを踊った。


「アフロディテ、もう一曲踊ってくれないか?」

「え? でも、2曲目続けては婚約者ではないと……」

「うん、でも君意外の女性とは踊りたくないんだ。お願いだよ」

 そうか。こんなにイケメンだとダンスの申し込みはすごいだろう。

 お兄様のことをいくら好きでも、公の場所では踊れないだろうし。

 かろうじて妹の私と踊ることにしたんだろうけど……女性とは踊りたくないのよね。


「わかりました。お兄様のために女よけの役目、引き受けます」

「本当かい! それは助かるよ。君以外の女性とはこれからも踊らないことにするよ」

 にっこりとフレディは私に微笑んだ。

 うわぁ。笑顔が眩しすぎ。



 その日を境に私はなぜか、アルフレット殿下の婚約者という噂が流れた。


「なんでかしら? アルフレット殿下とは顔も合わせていないのに」

 私の呟きに、お兄様は呆れた顔でほっぺたを引っ張った。


痛いれす痛いですおひいさまお兄様

「まさかと思っていたけど、気づいてなかったのか」

ないおです何をです?」

「フレディはアルフレットの愛称だ」

「えっ、それって……」

「ああ、そうだ。フレディがアルフレッド殿下だ」

「嘘!」


 数日後、フレディが大きな花束を持って私の前に跪いていた。


「アフロディテ、僕と結婚してもらえないだろうか?」

 甘く煌めく瞳は私を写し出していたが、どうもまだ信じられない。


「それは私で間違い無いですか?」

「勿論。僕が好きなのは君だけだ」

 なるほど。

 ここはBLの世界ではなかったらしい。


 ちょっと残念だが、答えは決まっている。

 でもその前に。

「フレディ様。これからは目にまつ毛が刺さったら私のところに来てください」

 これ以上誤解されないようにね。


「わかった。それで、答えは聞かせてくれないのかい?」

「フレディ様。私もあなたが好きみたいです。だって推しカプのハッピーエンドより、さっきの告白の方がドキドキしました」


 私は両手を広げてフレディの胸に飛び込んだ。


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BLの世界に転生して推しとお兄様を応援していたのに……あれ?違う?  彩理 @Tukimiusagi

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