古ぼけたギター

ねぎま

古ぼけたギター

 私は思い切って勤めている会社に一週間ほど有給をとり里帰りすることにした。


 特段理由があっての帰省ではないのだが、たまには顔を見せて実家の母親への孝行のつもりだったのかもしれない。


 三十代半ばにもなって、いまだに独身の私にできることといったら限られている。

 父親は遠の昔に他界していて、実家は年老いた母親と姉夫婦、それと小学生の甥っ子とこの春から幼稚園に通い始めた姪っ子の五人暮らしだ。

 家を継いだ姉と義兄に会って、甥っ子と姪っ子の遊び相手になるのもいいかなと、ただそれだけの漠然と思いしかなかった。

 

 自宅に返ってきたその日の夕方。

 父親が使っていた書斎兼物置小屋の前で立ち止まった僕は、なにかに誘われるように数年ぶりに入っていった。


「うわー、カビ臭さー」


 たまには掃除をしているのだろうが、これでは亡なった父親もあの世で泣いているぞ。

 私が部屋に入るなり、窓際の書棚に立て掛けられている古いアコースティック・ギターが目に留まった。

 物置の隅に立てかけられていた、そのギターは父親の持ち物だったが、その父もすでにいない。何年もほったらかし状態だったことは、ギターの木目も分からないほど真っ白く積もったホコリがそれを物語っている。


 すると――


 そのギターから、私の脳に直接語りかけてくるような、不思議な感覚に襲われた。

 はじめは、空耳か幻聴か思ったのは当然だ。がなぜだろう、無性にその古ぼけたギターが気になり、気づいた時には私はギターを手にとっていた。


 子供の頃父が弾いていた記憶は頭の隅に残ってはいたが、私がこのギターに触れるのは初めてかもしれない。

 ナイロン弦のいわゆるガットギターというタイプだ。


 ネックは大きく反っていて、当然チューニングの調整にも苦労しそうなくらいな古ぼけて見放された父のギター。父親の遺品でもあるギター。

 私はなぜか、主人を失った楽器が不憫に感じられ、思い切って、修理に出すことにした。


 楽器屋に持ち込むと、さすがの店員も呆れ顔で、新品を購入したほうが安上がりだとアドバイスしてくれた。しかし、私がどうしてもと頭を下げてまで修理を依頼する姿を見て、店員もしょうがなく修理をすること同意してくれた。ただし、ネックとヘッドといわれる弦を巻く部分は使い物にならないから全て取り替えることになった。


 その翌日、修理が完了したから取りに来てくれとの電話を受け、楽器屋に足を運んで修理されたギターと対面することになった。


 思いの外美しく化粧されたような生まれ変わったギターを目にして、さすがプロの職人技だなと感心した。

 これはおまけです、といって中古のギターケースに入れて渡してくれた。


 修理代は、安物のアコギが二本くらい変えるほどだったが、支払いを終えると早速私は修理されたギターを実家に持ち帰り、ケースからギターを出すと早速弾いてみることにした。


 物置にあった椅子に腰を下ろして、ギターを抱える。

 我ながら、素人ギタリストにしては様になっていると思うのだが、私の引けるレパートリーはわずかに一曲だけだ。


 ネックを左手で包み込み、

 指を弦に当てて、爪弾く。


 すると突然、ギターが喋りだした。


 聞き勘違いではない。


 もちろん、口もなければ、意思も持たない楽器が喋れるはないのだが、そのギターが喋ったのである。


「おいおい、あんちゃん。その曲はいかんがな。わしが一番弾いて欲しくない曲やわ」

「はあ?」

「あんちゃん、わしを使って弾いた曲名言ってみろや?」

「えっと……『猫ふんじゃった』……?」

「そう、それ。その曲一番ギターで弾いたらアカンやつやろ。そんな曲ピアノのオバはんに任せときぃなぁ!」

「それじゃあ……」


 しかし、口の悪いギターだなあ、こいつ。

 ってか、普通にギターと会話してる自分も自分なんだが……。


「いいかあ、耳の穴よくかっぽじって聞きやあ? アコギで弾く曲言うたら『禁じられた遊び』の一択やろが。そんなこと常識中の常識やでぇ。そないなこと、きょうび小学生でも知っとるがな」

「あ、その曲、ぼく弾けないんですが、どうしたら?」


「何やてぇ――!? それじゃあ、これからあんちゃんが『禁じられた遊び』を弾けるようになるまで特訓や、ええなぁ!?」


 結局その夜は一昼夜かかって『禁じられた遊び』を完璧にマスターするまで、鬼教官の指導の元、地獄のようなギターレッスンが続いたのであった。


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古ぼけたギター ねぎま @komukomu39

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