リベンジマッチ
シンヤの目の前の貫通扉の向こうに『残業獣』がいる。『第二形態』だ。
課長のおじさんは『第二形態』であればシンヤでも勝てると言ってくれた。だが、以前は全く歯が立たなかった。『残業マン』の修行をしてからの初めての実戦。どこまでやれるのかは正直分からない。
――でもこいつが電車を暴走させているんだ。やるしかねえ。
『残業獣』が貫通扉を横にスライドして開けた。
シンヤは踏み込んで渾身の前蹴りを『残業獣』の腹部に打ち込んだ。『残業獣』と接触する足裏に『ZSP』を籠めて。
貫通路を破壊しながら『残業獣』は前方の車両へ転がって行った。
貫通扉は前方の車両の内部の方向にへし曲がり、扉につながる壁も歪んで窓ガラスの一部が割れた。
『残業マン』の破壊力は十分だった。シンヤはボディスーツの力に改めて自信を持った。
ヒナタの方を振り向く。
「ここから出ないで。おれがあの化物を止めるから」
「うん」
「紅月さんは前の車両にいるんだな」
「ずっと前の方の車両よ」
シンヤは前方に向き直って隣の車両に足を踏み入れた。
車両の真ん中あたりで『残業獣』は起き上がったところだ。
そのままシンヤは『残業獣』の前まで近づいて行く。
「この前はおまえのお仲間にこっぴどくやられたけどなあ」
『残業獣』が少し前かがみになって、すくいあげる軌道で右拳をシンヤの腹に打ち込んできた。
シンヤはまともにパンチを受けた。床に着いた両足が数センチ後ろに滑る。
「そんなもんかよ」
シンヤは『残業獣』のパンチが当たる腹部に『ZSP』を集めて威力を和らげていた。
以前はパンチで吹き飛ばされていたが、今は耐えることができる。修行の成果を実感した。
「だりゃ!」
シンヤは右拳を『残業獣』の頭部に叩き込んだ。
「グロロロ」
『残業獣』はよろめいて後退した。
「一気に決めるぜ!」
シンヤは『残業獣』にパンチ、キックを畳みかけた。
だが、『残業獣』も引かずに応戦してくる。
座席を吊るすポールを折り、ドアを外側に凹ませ、ガラスを割った。
車両を破壊しながらのどつき合いだ。
『残業獣』が飛び上がった。天井に頭をぶつけるのではないかと思ったが、両手の指から伸びるナイフのような鉤爪を天井に刺して体を丸めた。伸びあがる勢いで、宙に浮いた両足で器用に蹴りを放ってきた。
シンヤは予想外な立体攻撃を受けて床に仰向けに倒れた。
「ちいっ」
天井から落下してくる『残業獣』が突いてくる鉤爪を、シンヤは横に転がって避けた。だが、背中を蹴られた。シンヤの体が座席にぶつかった。
『残業獣』はシンヤを何度も踏みつける。シンヤの体が座席を破壊してめり込んで行く。
「やっぱり
周囲の被害は甚大だが、シンヤ自身はボディスーツのおかげでほとんどダメージを受けていない。子供に足蹴にされている程度だ。ただ、絶え間ない連続攻撃の圧力で身動きがとれない。
――集中しろ。『ZSP』を集めるんだ。
右手を目の前にかざす。掌を『残業獣』の顔に向けた。
「『
シンヤの掌から球体が射出された。球体の表面には何本かの棘が突き出ている。シンヤが『ZSP』で作った武器だ。相変わらず刀などは作れないが、なぜかこの球体をイメージすることは簡単なのだ。
『残業獣』の顔の左側に球が命中した。さらに球は鋭い回転をして肉を削ぐ。赤く透き通った液体が吹き出し、黒い灰になっていく。
「効いている!」
シンヤは座席から抜け出して『残業獣』と距離を取った。
『残業獣』が自身の顔を手で払うと『武器生成』の球が床に落ちた。
「不思議なんだよなあ。おれが作った球はおれと糸というか針金のようなものでつながっているんだよな。実際に糸があるわけじゃなくてイメージなんだけど。これも『ZSP』の力なんだろうな」
シンヤが前に伸ばした右手を手前に引く。
「グロロー!」
『残業獣』の後頭部から体液が飛び散った。肉を削った球がシンヤの手に納まった。
落ちていた球を引き戻したのだ。
「こんな風にヨーヨーのように使える」
『残業獣』は頭を押さえて呻いている。
シンヤが左右の窓の外を見る。電車と並走するように『武器生成』した二つの球が宙に浮いている。シンヤが電車に飛び込む前にあらかじめ作っておいたのだ。
シンヤと伸縮自在の鋼線でつながっているイメージ。
「決めさせてもらうぜ」
両手を横に伸ばしてから前に振って交差させた。
左右の窓を貫通した二つの球がそれぞれ『残業獣』の両脇腹に命中した。そのまま『残業獣』の体内をX字を描いて突き破った。左の脇腹に命中した球は背中の右から、右の脇腹に命中した球は背中の左から飛び出た。
『残業獣』の体から黒い灰が飛び散る。
「ダー!」
シンヤは『残業獣』に向かって駆けて、胸を飛び蹴りした。
『残業獣』の体は脇腹で千切れて胸から上の部分だけ後方に飛んで床に落ちた。体液を床に塗りつけながら滑る。腰から下の部分はしばらく立っていたが、電車の揺れによって倒れた。
千切れた部分から『残業獣』が黒い灰になっていく。
「いきなり必殺技を使っちまったぜ」
シンヤは『残業獣』が消えて行く様子を見下ろした。なんとかシンヤは勝つことが出来た。
「課長、『第二形態』の一体だけでもギリギリでしたよ。あとは紅月さんを助けて、電車を止めなくちゃ」
シンヤは進行方向の車両に向かって急いだ。
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