All dreams come true...

いそた あおい

All dreams come true...

 ここはどこだろう?

 気がついたときには、わたしは何かがふわふわうかんでいる、よくわからないところに来ていました。うかんでいるもの以外には何もない、ただっぴろいところです。


「オマエ、だれだ?」


 わたしのうしろから声が聞こえました。わたしはふりむいて答えようとしました。


「え?あれ?」


 声が聞こえたほうにふりむいたつもりでしたが、もやもやがうかんでいるだけでなにもありませんでした。


 わたしがふしぎに思っていると、もういちど声が聞こえました。


「オマエ、どこから来たんだ?」


 わたしはだれもいないと思っていましたが、声が聞こえると同時にそのもやもやが少し光ったので、そのもやもやから声が聞こえるのだと思いました。


「あなたそこにいたのね。どうやってしゃべっているの?」

「どうやってしゃべっているって、オレは何もしゃべっていないぞ。直接脳の中に話しかけているのだ。」

「よくわからないけど、そうなんだね。」


 もやもやが言ったことはよくわかりませんでしたが、とにかくだれかとお話しできることがわかったので、ひとりぼっちではなくなりました。


「ねえ、あなたは名前はなんていうの?」

「オレには名前なんかない。」

「そっかぁ。じゃあ、もやもやしててよく見えないから『もやちゃん』ね!」

「そうか、好きにしろ。」


 もやちゃんはまた少し光りました。


「もやちゃん、わたしの名前は聞かないの?」

「オマエの名前など興味はない。あったとしても、ここでは名前など意味をなさない。」

「そうなんだ。でも、わたしの名前は少しヘンだから、聞かないでくれてうれしいな。」


 わたしはいつも、自分の名前をほかの人に教えるときに笑われます。自分の名前がヘンだから笑われます。だから、もやちゃんがわたしの名前を聞かないでいてくれたことは少しうれしかったです。


「ところで、オマエ。何か将来の夢はあるのか?」


 もやちゃんが少し光りながら聞いてきました。


「しょうらいの夢…。しょうらいの夢…。」


 わたしの将来の夢は…。


「学校の先生になりたい!」

「そうか。学校の先生になりたいのか。なぜだ?」

「学校の先生はいつもやさしくしてくれるから!わたしのことをなぐったり、けったりしないよ。」

「ふつう、暴力は振るわないものじゃないのか?まあ、良い。」


 もやちゃんはそう言うと、自分の体をうすく広げながら強く光りはじめました。


「もやちゃん、何してるの!?」


 わたしはもやちゃんの体がちぎれてしまうのではないかと心配になりました。


「これから、オマエの夢をかなえてやろう。ちょっと目をつぶりなさい。」

「え?」


 もやちゃんに言われたとおりに、わたしは目をつぶりました。


 目をつぶって少しすると、まわりが明るくなったようにかんじたので、わたしは目をあけました。目をあけてみると、そこは学校の教室でした。


 わたしは席にすわろうとしましたが、どの席もだれかがすわっていてわたしがすわる席がありません。それに、席にすわっているこどもは、みんな私よりもせが大きいです。


 どうしようか困っていると、いちばんまえの席の男の子がわたしに言いました。


「先生!早く授業やってよ!」

「え?わたしが、先生?」


 どうやら、わたしが先生になってしまったようでした。それならわたしの席がないのもしかたがないと思いました。


 わたしは授業をするためにまえにある先生の机にもどりましたが、何を授業すればよいのかわかりませんでした。机の上を見てみると、小学校5年生の先生用の国語の教科書がおいてありました。


「どうしよう、わたしまだ3年生だから、5年生のことなんてわからないよ。」


 わたしはこのとき、ふともやちゃんが言っていたことを思い出しました。


――オマエの夢をかなえてやろう。


(もしかしてこれは夢がかなったっていうことなの?でも、夢がかなったのに、3年生のままじゃ何もできないよ。)


 そう思ったわたしは、もやちゃんを呼び出してみることにしました。


「もやちゃん!もやちゃん!ちょっと来て!!」


 わたしがもやちゃんを呼ぶと、いままでいた学校の教室がきりになって消えてしまいました。


「どうしたんだ?」

「夢がかなうのはいいけど、今のわたしのまま夢がかなってもそれから先がどうにもならないじゃない。どうやって5年生の内容を教えたらいいの?」

「ふむ、たしかにそうだな。じゃあ、先生になるために必要な知識をオマエにやろう。これなら小学校1年生から高校3年生まで、すべての学年を教えることができるぞ。もう一度目をつぶりなさい。」


 もやちゃんがそういうので、わたしはもういちど目をつぶりました。


 また目の前が明るく感じたので、私は目を開けました。目を開けると、さっきいた教室に戻っていました。


 でも、さっきとはちょっと違います。もやちゃんからもらった知識を基に、5年生に授業を始めました。


「それじゃあ、授業を始めましょう。今日の目当ては…。あ、黒板の上の方が届かない…。」


 さっきは、知識が無いことに集中してしまって気がつきませんでしたが、姿が小学校3年生のままでした。私は、もう一度もやちゃんを呼びました。


「もやちゃん!私を小学3年生から大人の姿に変えて!」

「まったく、オマエは注文の多いヤツだな。」


 もやちゃんは愚痴を言いながらも、私を大人の姿に変えてくれました。


 そのあとも、私はもやちゃんにいろいろお願いしました。



 26歳くらいに同じ学校の男の先生と職場内結婚をすること。


 子供は二人欲しい、ということ。


 子供は両方とも女の子で、何不自由なく暮らしてほしい、ということ。


 子供たちが結婚や就職などで家を出て行ったあとは、学校の校長先生として働きたいということ。


 定年退職をしたあとは、旦那と幸せに暮らしたいということ。



 細かいところはもっとたくさんお願いしましたが、大きなところはこれくらいでしょうか。私が夢見た幸せな人生を、もやちゃんの力を借りてできました。


 私はもう老衰で死にそうです。十分に「幸せな人生だった」と言えるでしょう。


 私は最期に、もやちゃんにお願いをすることにしました。


「もやちゃん、まだいるなら私のお願いを聞いてほしいのだけれど…。」


 こんなときにも、もやちゃんはすぐに出てきてくれました。


「どうした?まだ何かあるのか?」


 もやちゃんとは、私が小学生の時に出会ったので、もう80年近く一緒にいることになります。私は最後のお願いをもやちゃんにしました。


「わたしが死ぬときは、家族みんなに囲まれて死にたいわ。私の人生をこんなに幸せにあふれたものにしてくれてありがとう、って伝えたいもの。」

「そうか。じゃあ、そうなるように手配しよう。」


 私は、もやちゃんにも感謝の言葉を伝えることにしました。


「もやちゃん、私の人生をこんなに素晴らしいものにしてくれてありがとう。あなたには感謝しかないわ。」

「オレはお前の人生を変えてなんかいない。ただ、オマエが夢見たことをかなえただけだ。」

「もう、もやちゃんったら最後までクールなんだから…。」

「オレは、自分のためにやったんだ。」


 もやちゃんはそう言うと、どこかへ消えてしまいました。


 もやちゃんはぶっきらぼうですが、いつも私の願いを叶えてくれる良い子なのです。




 もやちゃんに「最期のお願い」をしてから1か月が経ちました。私が寝ているベッドのそばには、二人の娘とその家族がいます。涙を流している家族もいました。


 私は最期に娘二人に手を伸ばして、「ありがとう」と伝えました。


 これで悔いもなく…


 そこで、わたしの背中に激痛がはしりました。


 どこか遠くから怒鳴り声のようなものも聞こえます。


「…きろ!いつ……寝て……」


 今度は、頭にげきつうが走りました。


 怒鳴り声がはっきり聞こえるようになりました。


「学校に遅刻するぞ!遅刻したらどうなるか分かってるだろうなぁ!?」


 わたしはそこで目がさめました。


「おい!聞いてんのか馬鹿野郎!!」


 耳もとできいたことのある男のどなり声が聞こえました。わたしが思わず耳をふさぐと、男はわたしのうでをつかんで、わたしをふとんからひきずり出しました。


「俺の言うことが聞けねえってのか?遅刻したら親がどんな目で見られるのか知ってんのかぁ!?」

「いたいっ、いたいい!」

「お前たちがとろくさいから俺たちが教育してやってんだろうが!殴られたくなかったらとっとと起きろ馬鹿が!!」


 男はそう言うと、わたしのせなかを一けりしたあと、わたしのへやから出ていきました。そのすぐあとに、わたしよりも少し大きい女の子が入ってきました。


「大丈夫?私が付いてるからね。さあ、早く朝ごはん食べに行こう?」


 女の子はわたしにやさしく声をかけてきました。よく見ると、その女の子もわたしといっしょであざだらけでした。


 わたしは、ちょっと前までしあわせな生活をしていたことを思い出しました。


「もやちゃん…。」


 わたしは、もやちゃんのことを呼びましたが、もやちゃんは出てきませんでした。


「どうしたの?早くご飯食べよう?」


 女の子は少しこまった顔でわたしのことを見ています。


 わたしは気がつきました。もやちゃんにはたくさんのことをしてもらいましたが、このをどうにかするためにはどうしたら良いのかを教えてもらっていません。


 どうやったらぬけだせるのだろう。どうやったらあの幸せな日々にもどれるのだろう。


 女の子が何か言っていますが、わたしの耳にはもう何も入りません。わたしの心にはもう、うごく気力すらのこされていませんでした。

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