第49話 記憶視
次の瞬間、周りの景色は変わっていた。
そこは駅のホームではなく、あのマンション群の横を通る道の上。
……私は、片手に携帯電話を持ちながら歩いてる。折り畳み式が懐かしい、ガラケー。画面を見れば、私はメール中のようだ。
相手は大好きな
……そうだった。
私は海野先輩と、明日のデートの待ち合わせ場所を決めていたんだった――
『じゃあ、9時に駅前な』
『了解です。先輩、遅刻しないで下さいね』
『ばーか!お前との待ち合わせに、遅刻なんかするかよ』
『ふふっ、ねえ先輩、私に逢いたい?』
『当たり前だろ!あーあ早く明日になれよ~!!』
『(笑)私も早く、先輩に逢いたいです』
『今から逢っちゃおうか?』
『だーめ!明日のお楽しみ(笑)』
『俺、今日、眠れそうにないんだけど……』
『(笑)私も。寝る前に、また連絡下さいね♡』
『ああ、必ず連絡する』
『(笑)じゃあ、また後で♡』
『ああ、また後で♡』
ふふっ……先輩、無理して♡とか使っちゃってかわいい。なんて、この画面の向こう側で、きっと照れているに違いない彼の笑顔を私は思い浮かべました。
パタリとケイタイの画面を閉じてからも、私の笑顔は消えませんでした。何故って、明日が来るのが楽しみで仕方がないんだもん。
あーあ……早く明日にならないかな、と思いつつ私は前を見ました。そしたらね、目の前に一人の男性が立っていたの。
私は、ぞっとした。
だって中年のその男は、顔に厭らしい笑みを浮かべていたから……
「……随分、楽しそうだね。もしかして彼氏とのメール?」
ニヤニヤしながらその男が話し掛けてきても、私は怖くて声が出てこなかった。
「その彼氏には申し訳ないんだけどさ、ちょっと俺の相手してくれない?すぐ終わるからさ」
そして男は私の腕を掴んで、何処かに連れて行こうとします。私は脚がガタガタと震えて、助けて、誰か!助けて!と、声にならない悲鳴が頭の中で駆け巡っていました。
「いやぁぁぁ―――――――ぁぁぁああっ―――!!」
そしてついに恐ろしさに固まっていた感情が溢れ出して、ようやく自分でもびっくりするほどの大きな声が喉から飛び出しました。
「おい、静かにしろよ!!ぶっ殺されたいのか!?」
その声には、男も驚いたみたいでした。だってすごく怖い顔で凄みながら、大きな手で私の口を塞ごうとしてきたから。
「きゃあっ!!止めてよ!何するつもりなの!?」
だから私は必死に抵抗したの。力の限りに暴れて、大声で叫び続けました。
――ドスンって
男ともみ合っている最中に、お腹に鈍い衝撃があった。けど痛みは無かったから、私はその男が走り去っていくまで必死に抵抗し続けたの。
はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……!
そしてようやく走り去っていった男の後ろ姿を見つめながら、私はヘナヘナとその場に座り込みました。
……何とか、助かったの?
安心したからなのか足の力が抜けてしまって、力が全く入らなくって、自分では立てそうにもなかった。
……そうだ。お父さんかお母さんに連絡して助けてもらおう。そう思った私は、鞄から携帯電話を取り出して画面を開きました。
「………え?」
そして画面の光に照らされた自分の手を見た私は驚いたの。だって何か黒いもので、べったりと濡れてる……
お腹の辺りが熱い。 何? 触ってみる。 ……濡れてる。
なに? ……血?
画面から漏れる光に照らされて、私のお腹に黒い染みが広がっていく。
声にならない悲鳴を上げながら、私は何とか立ち上がろうとしました。だけど逆に、倒れこんでしまったんです。
……もう、力が入らないよ。
意識が
お腹の辺りが異常に熱くって、手足は異常に寒かった。
助けて、お父さん、お母さん。 ……助けて先輩。
それでも私ね。もう一度、全身の力を入れて立ち上がろうとしたの。だけどね、もう力は入らなかった。
消えてゆく意識の中で、私は明日の海野先輩との楽しいデートのことを想ったの。
……明日、何の服を着ていこうかなあ?
やっぱり、この前買った白い花柄のワンピースにしよう。赤いお花の柄が可愛いから。 ……きっと先輩も ……気に入って…… くれ……る…… よ。
そして私の意識は、闇の中に消えていきました。
そこでユウは、ハッと意識を取り戻した。
停車した電車もそのままに、自分は先程のホームの上に立っている。
目の前で、白い花柄のワンピースの彼女が泣いてた。
俺、さ……
俺は、さ。 この人の記憶を視ていたのか?
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