第36話 共感覚



「では、質問を変えさせてもらうわ。……貴方は、霊はいると思う?」


「また突拍子のない質問ですね。……分かりません。自分では視た経験がないので。 先程の繰り返しになりますが、魂が存在するなら何らかの理由で、この世に未練があって輪廻転生を出来ずにいる魂が、霊と呼ばれる存在なのかもしれません」


「ふふっ、そうね。また如月君の言う通りね。……御免なさい。先程から変な質問ばかりして驚いたでしょう?ただ、この事は、オカルトの研究を私が始めた根幹の部分だから、どうしても貴方の考えを聞かせてほしかったの」


 ユウの瞳をじっと見つめながら、彼女は話を続ける。


「でもね、如月君。視える人はいるのよ。霊を視えている人は、いるの……」


「……え? 視える、ですか?」


「そう、ハッキリと視えてる人が私の身近にはいる。……これ、妹の話ね」


「青葉先輩がですか!?」


 そんな話を突然されて、驚きはした。しかし何処か納得してしまっている自分もいる。何故かって確かにあの人は、如何にも普通ではない雰囲気を漂わせているからだ。


「そう。妹は小さい頃から、私達には視えていない存在が確実に視えている。だけど、彼女はそれを証明出来る訳じゃない」


「………」


 ユウは何も答えられない。見つめてくるその人の瞳が、いつになく真剣だったから。


「だから私はオカルトの研究を始めたの。私自身も妹を少しでも理解したかったし、彼女にしか視えていない存在を他の人にも分かるように証明してやりたい」


「そうですね。その人にしか視えないなら、証明しようがない。万人に理解出来なければ、証明した事になりませんから」


「そうね。だから私は彼女が視えている何かを、色々な方向から考えてみたわ。科学的な面からも、精神的な観点からもね。そして私の中に一つの考えが生まれた。

 ……これはまだ私なりの推論にしかすぎないけれど、私は妹が共感覚を持っていると思っているの」


「共感覚ですか?」


「ええ、如月君は共感覚という言葉を聞いたことがある?」


「確か、文字に味を感じたり、音に色を感じたり。味や匂いに形や色を感じたりする感覚の事ですよね?」


「そうよ。何か一つの刺激に対して、通常の人が感じる感覚だけではなく、異なる種類の感覚も生じる知覚現象の事よ」


 難しい言葉が続き、少し困り顔になったユウ。そんなユウに、彼女は分かり易く説明をしてくれた。


「先程、如月君が言った通りよ。例えば『ド♪』という音を聞いた場合、普通の人は音として『ド♪』を認識するわね。でも共感覚の持ち主は、音と一緒に色としても認識してしまうの」


「はい。何となく分かります」


「もし魂が存在すると仮定して、妹は私みたいな普通の人間が気配としてしか感じられなかったり、何も感じられなかったりする魂という存在を、視覚や聴覚、嗅覚として感じている。それも共感覚なんじゃないかって、私は考えているの」


 なるほど、一般的に霊感と呼んでいるモノを科学的な言い回しをすれば、確かにそう言えなくもない。つまりこの人は、霊感と呼ばれるな感覚を共感覚と結びつけることで、誰にでも理解されるようにしたいのだ。


「ふふっ、疑心暗鬼って顔。でもね…… 妹と一緒に行動するようになれば、貴方にも分かるわ。だってそうでなければ、説明出来ない事ばかり起こるんだもの」


「はあ。そうなんですか……?」


「ふふっ、そんな顔しないでよ如月君。それでね……私は貴方にお願いがあるの。貴方には目の前で起こった現象を真っ新な目で見て、真っ新な心で受け止めてほしい。そしてその時に貴方がどう感じて、どう思ったのか、私にも教えて?」


 そう言ってその人は、ユウの右腕に優しく触れた。


「でもそれって、案外、難しいんだけれどね……」




 そのポツリとした彼女の呟きの揺らぎの中に。


 そして、彼女が一瞬だけみせた泣き出しそうな笑顔の中に。


 ユウは、出会ったばかりのこの不思議な姉妹が今まで歩んで来た道のりのほんの少しだけを、垣間見た気がした。

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