第79話 雄叫び!


「如月君、貴方の言った通りだったわ。奴は一人じゃなく集団で犯行を行っている」


 青葉との通話が切れてから間をおかず、紅葉が言い。その言葉に、ユウといずみの二人が頷く。


 「でもここからです。奴らはこっちにも何かしてくる筈です」


 「だとしたら、この辺りね。中央通りに出ると人目があり過ぎる。奴らが動くとすれば、この辺りよ」


 その言葉が終わるのを待っていたかの様に、紅葉の前に黒塗りのワンボックスカーが飛び出してきた。そしてこの先へは行かせないとばかりに、車体で道路を塞がれてしまった。


「先生!」と、叫びながらユウは走り出した。


 ワンボックスカーの運転席とスライドドアが開き、6~7人の男達がぞろぞろと車から降りてくるのが見え、そして彼女をあっという間に囲い込んでゆく。


 全力で駆け寄るユウに、男達の陰に隠れてしまった彼女から指示が飛ぶ。


「如月君!!私は大丈夫よ!それより、いずみちゃんをお願い!」


「了解!!」


 叫び返しながら、ユウは彼女の横を全力で走り抜けた。目指すはワンボックスカーと外壁との間にある30cm程の隙間。しかしユウの行く手を阻もうと、何人もの男達が立ちはだかってきた。


「うをおぉぉぉぉぉーーーーっ!」


 雄叫びを上げ、ユウは構わずに突き進んだ。青葉は、姉は自分より強いと言った。つまらない嘘など絶対に言わないアイツがそう言ったんだ。だから先生は、一人でも大丈夫だ。


 とにかく今は、

 いずみのことだけを、考えるんだ――


 いずみ!いずみ!

 待ってろ、いずみ!今、行くからなっ1


 心の中でいずみの名前を何度も呼びながら、ユウは立ち塞がる男達へ突っ込んでいった。スピードは落とさず、出来るだけ低い体勢を保つように意識しながら男達の間をすり抜けてゆく。


 勢いに負けてしまった男達に、ユウを止めることは叶わなかった。勢いをそのままに、隙間に体をねじり込む。痛みは走ったが、そんな事は構っていられない。


 抜けた―――っ!!


 ユウの目に、いずみの前にゆっくりと横付けされる黒いセダンが飛び込んできた。そして運転席の扉が開き、一人の男が飛び出してくるのが見えた。


 男は慣れた動きで彼女へと近付き、口を塞ぐと車椅子から彼女を抱え上げようとしている。


 ―――間に合わない!


 ユウの心臓が、大きく揺れた。







 男は車から飛び出すと、目の前の車椅子の少女へと近付いていった。


 少女は、驚きで顔を一杯にしている。


 ……可愛い娘だな。

 あの人も、いい趣味してるぜ。

 これは、かなり楽しめそうだ。


 下卑た欲望を胸に抱きつつ男は車椅子の少女に近付き、事前に薬を染み込ませてあった布で少女の唇を塞ぐ。すると直ぐに抵抗は止み、無抵抗になった少女が体をゆらりと預けてきた。


 にやり――とした男の耳に、雄叫びが届く。視線をそちらに向ければ、少し離れた場所から走り寄ってくる男の姿が見えた。


 男は思わず、チッと舌打ちをした。そして悪態を付く。


 「あいつらあんな大人数で、ガキの一人も止められなかったのかよ」



 ……だが、大丈夫だ。この距離なら十分に間に合う。


 奴との間にはまだ、女一人攫うには十分すぎる距離が空いていた。どんなに早く駆けつけようと、奴はヒーローにはなれないだろう。それどころか……


「……残念だったな。お前の御姫様は、俺たちがタップリと味わってやるよ。ガキは黙って、土の中で眠てろや」


 ニタリと厭らしい笑みを浮かべて、眠り姫を担ぎ上げようと男が屈み込んだ時だった。男の頭を、強い衝撃が襲う。


 ぐらりと、意識が遠退いてゆく。


 しかし男は、意識を失う寸前で何とか踏み留まった。揺れる視界の中に、ポンポンとバスケットボールが転がっていくのが見える。 ――その先に、誰かいる。



 ……誰だ?と、朦朧もうろうとする意識の中で、男は自分に起こった事態を必死に把握しようとしていた。 ……男だ。いつの間に?  ――――でかいっ!


 混乱しながらも、急激にハッキリとしてゆく意識。



「……お前、金森に何してんだ?」


 その大男は、低い声で話し掛けてきた。そして足元に転がってきたボールをヒョイっと拾い上げると、ゆっくりと近付いてくる。


 大男の表情が、一歩進む度に変わってゆく。最初は穏やかそうに見えていた顔は、嘘だった様に険しいへと変わったのだ。


 そして張り上げた雄叫びが、男の身と心を震撼とさせる。



「汚い手で、その女性ひとに触ってんじゃねえよっ!!!」




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