第68話 タロットカード

 

 パジャマ姿で自室の机に向かいながら、紅葉は引き出しから、タロットカードを取り出した。まだ外からは、雨音が聞こえている。


 ……よく降るわね。


 そんな事を考えながら、手際よくカードをシャッフルしていく。


 紅葉は、この依頼には何か大きな事柄が絡んでいると感じていた。例の殺人事件・行方不明事件に関係しているかもしれないと……

 それは予感のような不確かなものだったが、ただのストーカーや悪霊ではないのではないかと不安に揺れる自分の心が告げていた。


 しかし何の進展もないまま、二週間が過ぎようとしている。これ以上、依頼人を不安にさせたままではいられなかった。



 タロットカードは、紅葉が占いでよく用いるカードだ。カードは78枚で構成されており、それぞれのカードには意味がある。

 占いを行う者が問い掛けながらカードを引くと、その問いに対してカードからの答えが返ってくる。その意味を読み解き、答えを導き出す占い方法だ。



 カードを大まかに説明すると、下記の通りだ。



【大アルカナ】


 78枚の内、22枚からなるカード。

 人生の転機など、大きな意味を含むカードが多い。人間の一生の成長を現しているとも言われている。


NO-00 『愚者』  (THE FOOL) 

NO-01 『魔術師』 (THE MAGICIAN)

NO-02 『女教皇』 (THE HIGE PRIESTESS)

NO-03 『女帝』  (THE EMPRESS)

NO-04 『皇帝』  (THE EMPEROR)

NO-05 『法王』  (THE HIEROPHANT)

NO-06 『恋人』  (THE LOVERS)

NO-07 『戦車』  (THE CHARIOT)

NO-08 『力』   (STRENGTH)

NO-09 『隠者』  (THE HERMIT)

NO-10 『運命の輪』(WHEEL of FORTUNE)

NO-11 『正義』  (JUSTICE)

NO-12 『吊るし人』(THE HANGED MAN)

NO-13 『死』   (DEATH)

NO-14 『節制』  (TEMPERANCE)

NO-15 『悪魔』  (THE DEVIL)

NO-16 『塔』   (THE TOWER)

NO-17 『星』   (THE STAR)

NO-18 『月』   (THE MOON)

NO-19 『太陽』  (THE SUN)

NO-20 『審判』  (JUDGEMENT)

NO-21 『世界』  (THE WORLD)




【小アルカナ】


 78枚の内、56枚からなるカード。


 世界を構成している火・地・風・水を意味する「ワンド」「ペンタクル)」「ソード」「聖杯カップ」で構成されたカード。

 それぞれ1~14枚まであり、1~10までの数字のカードと、11はペイジ(小兵)、12はナイト(騎士)、13はクイーン(王女)、14はキング(王)で構成されている。


「棒」は情熱や感情、「金」は仕事やお金、「剣」は正義や試練、「聖杯」は愛や心情を意味している。


 トランプのクラブ、ダイヤ、スペード、ハートをイメージしてもらえば、分かり易いだろう。大まかな答えを教えてくれる大アルカナに比べ、もっと細かく質問の答えを教えてくれるのがこの小アルカナのカード達だ。


 カードの絵柄が正面から出たのか逆さまに出たのかでも、意味合いは違ってくる。絵柄が正面から出た場合「正位置」、逆さまに出た場合「逆位置」と呼ぶ。


 それから……


 それぞれのカードが持つ意味と合わせて、タロット占いで重要なのが絵柄から受けた印象だ。同じ絵柄でも、その時々で全く違った印象で見えてしまうのがタロットカードだ。


そのカードが持つ意味と、その時にカードから感じた印象を合わせて、伝えて来るメッセージを受け取る。


 タロットカード占いは、カードがあれば誰でも行える占いだ。しかしシンプルな分、占いを行う術者の技量が大きく影響する占いでもある。カードから何を感じ取るかは、術者の人生経験・人間性が大きく問われるのだ。


 カードの意味を教科書通りに伝えればればいい、という訳でもない。カードの意味と印象を踏まえた上で、目の前の一人の人間に対して、どう伝えればいいのか、どんな言葉がこの人には必要なのか、それを考えた上で言葉にしなければならない。


 そして残念ながら、この占いは詐欺まがいの占いにも多く用いられる。


 適当に出たカードを如何にも答えが分かっているかのように導いていくのは、人の心理を読むことに長けた者には造作もないことだ。バーナム効果を利用すればいい。


 逆に言えば正しい答えを導くことが出来る術者だとしても、最も疑われる占い方法でもある。信憑性が無い、と思われるのだ。


 毎回、出るカードが違うじゃないか?……と。



 只、本物は違う。


 何度でも、同じカードを引き出す。


 必要な答えを、何度も何度も………………


 紅葉は自分が先生と呼ぶ冥賀涼子が、疑ってかかる相手に何度も同じカードを引き出して黙らせた場面を何回も目撃していたし、自分自身も集中力が切れない限りは、何度も同じカードを引き出す自信があった。



 先生には、まだまだ及ばないけれど……


 紅葉は、精神を集中させながらカードをシャッフルしていく。


 自分の精神を、宇宙に委ねる感覚だ。


 そして、「……私達を取り巻く、今の状況を教えて下さい」と、言葉にした。


 机の上に選んだ一枚のカードを裏向きに置き、ゆっくりカードを捲る。



『吊るされた男』が、逆位置で出た。


 頑張っていても、あまり成果が現れない時に出るカードだ。



 ……確かに。今の状況にピッタリ。



「……では、近い未来に起こる出来事を、教えて下さい」



『死神』のカードが逆位置で出た。



 近々、今の状況が終わって何かが始まる……のね。


 悪くないカードが出て、少しホッとする。



「……私達が何か見落としていること、注意することを教えて下さい」


『ソードのペイジ』がまた、逆位置で出た。


 そこで、ピタリと手を止める。



 ……何? 情報不足? それとも…… 誰かに、裏切られてる?


 紅葉はカードをじっと見つめた。迷った時は、直感が大切だ。



「……………何か、私達は大切なことを見落としている。誰かに、騙されている」


 紅葉の心に、不安な気持ちが膨らみ始める。


 いけない、心を強く保たなければ………


 タロットカードの占いは、占っている者の心も映し出されてしまう。心を穏やかに保っていなければ、正しい答えは導き出せない。



「……では、この依頼の結末を教えて下さい」


『カップの6』が、また逆位置で出た。



 過去への、執着か………


 この依頼には、誰かの過去が大きく関わっているようだ。思ったより、根が深い依頼なのかもしれない。だがこのカードは、過去を糧にして未来へ進んでいける可能性も意味していた。


 この依頼が解決した時、誰かの止まっている時間が動き出すのだ。

 

 その未来が、光に満ちた未来なら良いのだけれど…… 紅葉は、そう願わずにはいられなかった。




「……ありがとうございました」


 カードに感謝の気持ちを伝えてから机の引き出しに戻そうして、ふと紅葉の脳裏にあの人の顔が過った。



「……ふふっ、貴方なら今の状況をどう打開する?どう事に当たるの?」


 紅葉はもう一度精神を集中させながら、カードをシャッフルした。そして引き抜いた一枚を机の上に置くと、深くゆっくりと呼吸をした。


 緊張しながらカードを捲る。そして現れたカードを目にし、息を呑んだ。


 そこには『世界』のカードが、正位置で自分を見つめていたのだ


  ……心臓を、ギュッと掴まれている気がした。


 『世界』の正位置は……

 

 78枚のカードの中で最終、最強のカード。世界の完成を意味するのだ。



 紅葉の唇から、吐息が漏れた。


「……驚いた」


 吐息と共に漏らした言葉。カードを握る手の震えが止まらない。今まで数え切れない位に占いをしてきたが、めったにお目にかからないカードだった。



「……貴方には、どんな世界が視えているの? どんな世界を、完成させたい?」


 紅葉は「世界」のカードをじっと見つめて、精神を集中させた。長く時間は掛かったが、今まで自分が培ってきた全てで……… 答えを、導き出していく。


 そして導き出した答えと共に集中力が切れ、ふ~っと息をついた。全身に深い疲労感を感じて、椅子の背もたれに身体を預けながら、うふふっと笑う。



人間万事塞翁じんかんばんじさいおううま、か。 ……全く、年下のくせに生意気」



 まだ動悸が治まらず、左の胸に手の平を置いた。心が落ち着くまで、暫くそのままでいよう。


「………でも、貴方の言う通りね」


 そう言ってから紅葉は、彼の顔をもう一度想い浮かべた。最近はいつも眠そうで、気だるげな顔。だけれど一番大切な核心を、しっかりと見ている。


 彼は生意気で可愛い後輩。 そして……仲間。


 ………けれども、それだけなの?


 頭をモシャモシャと照れ臭そうに掻く可愛らしい仕草を思い出して、思わず紅葉の唇に笑顔が浮かんだ。



 その時、隣の部屋からピアノを弾く音が聴こえてきた。


 演奏しているのは妹の青葉で、曲はグスターヴ・ホルスト作曲の惑星の中の一曲、「ジュピター」だ。


 紅葉が、大好きな曲。………本来なら力強い印象の曲なのだが、青葉の奏でる旋律は本当に美しく、そしてどこか儚げだ。


 紅葉は目を閉じて、その音色を暫く堪能することにした。




 ………明日、きっと何かが動き出す。そんな予感がしていた。


 その時は広い視野で物事を見つめて、冷静に自分の出来る精一杯をしよう。


 紅葉はそう………、自分に言い聞かせた。

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