第46話 尾行

 水崎達が電車を降りたのは、ユウが乗車した駅から6番目の駅だった。


 最初は空いていた車内だったが地下を抜けてから直ぐに混み出し、学校帰りの学生達で満員になっていった。本来ならゆっくり座っていられるような状況ではなかったのだが、不思議なことにユウ達の周りには誰も近寄って来ようとしなかった。


 …いやいや、今、不思議と言ったが明らかに原因は彼女だ。


 男女関係なく、皆がみな遠巻きにチラチラと青葉の様子を伺っている。可哀想に…中には明らかに彼女に見とれて、声も出せない人もいるではないか。


 ユウはとても居心地が悪くなり、自分に度々向けられてくる友好的ではない視線に、ただひたすらに耐えていた。


「……先輩。尾行の意味、あるんですかね?」


 ぼやくユウに、本人は全く悪びれた様子もなく外の景色を眺めている。結局、水崎達の後を追いホームに降り立った時には、ユウはすっかり疲れ果てていた。


「はぁ…… 先輩、目立ち過ぎっす」


「そんなこと、知らないです」


 この人は絶対、尾行に向いていないとユウは思った。


 そんな会話をしながらも、ユウは水崎達を見失わないように目で追いかけていた。青葉のせいで、かなりの距離を置かないと直ぐに気付かれてしまう。二人は降車してくる人達の影に隠れるように、水崎達の後を追った。

 三人は駅で別れる事もなく、住宅街の中を歩いて行く。このまま一緒に火東の家に行くつもりなのかもしれない。


 そして予想通り、彼女達は15分程歩くと三人揃って一軒の住宅に入って行った。チャイムを鳴らしている様子から、ここが火東華衣の家なのだろう。ユウの中で、また緊張感が高まっていく。


 暫く物陰から様子を伺っていると玄関の扉が開き、中から出てきた女性が三人を招き入れるのが見えた。ユウ達と同じくらいの年齢の女性だ。恐らくあの女性が火東華衣で間違いないだろう。

 

 勝負をかけるのは、水崎と火東が合った瞬間…… 出発する前に、紅葉と交わした会話が思い出される。しかしユウは、どうすればいいのか分からなかった。何故なら火東華衣を見ても、禍々しい存在など何も感じなかったからだ。

 

 ……確かに彼女は遠目から見ても、ヤツれてはいた。顔色も、悪く感じる。しかしそれが悪霊のせいなのか、精神的に追い詰められてしまったからなのか、ユウには判断ができなかったのだ。


 緊張を隠せないままチラリと隣の青葉の顔を確認したのだが、相変わらずの無表情で何を考えているか分からなかった。彼女はただ黙って、四人を見つめているだけだ。


 四人が建物に消えてから暫く間を置き、二人は通行人のフリをしながら住宅の前を通り過ぎてみた。傘を指しているので、顔を見られる心配は無いと思う。


 表札には、やはり『火東』とある。


 歩きながら、一応スマホで家の様子を動画で撮影しておいた。後で紅葉に確認してもらう為だ。その時も青葉はユウと一緒に歩きながら、家をじっと見つめている。彼女には一体、何が視えているんだろうか?


 家から少し離れた場所まで歩いてから、ユウは彼女に確認してみることにした。


「先輩には、何か視えましたか?」


「火東さんにも、あの家にも、悪意を感じるモノは何も居ないです」


 そしてその質問に、首を横に振りながら答える青葉。


 その言葉を聞いて、ユウは心底ほっとした。無駄足にはなってしまったが、何事もないに越したことは無いのだ。


「それじゃあ今回は水崎達の気のせいで、悪霊とか呪いは関係ないんですね?」


「……そうですね。関係ないと思います。さっき見た四人にも、家にも、禍々しいモノは何も憑りついていなかったですから」


「そうなんですね!良かった~! それじゃあ先輩、もう帰ります?」


 すると青葉は頷くこともせず、突然歩き始めた。……おそらく帰る為に、駅に向かい始めたのだろうと思う。その行動に閉口しながらも、ユウはその隣に並んだ。


 ここに来る迄は尾行に集中していて周りの景色など目にも入ってこなかったが、改めて周りを見てみると火東華衣の自宅は住宅と田畑が混在している、のどかな住宅街の中にあった。正に田舎の住宅街といった雰囲気。

 

 ただ駅に戻る方角にはマンションが立ち並ぶ一角があり、威圧感を感じる程に場違いな雰囲気を醸し出していた。こんな雨の日には、その巨大な建物達がぼんやりと鈍色に霞み、まるで巨人の群れが途方に暮れ立ち尽くしている有様だ。



 そんな景色の中を、二人は終始、無言で歩いた。


 誰ともすれ違うことも無く、誰の姿も見かけない。


 ただ傘を叩く雨音だけが、二人の周りで鳴り響いている。


 彼女が歩くのを止めたのは、丁度マンション群の中を通り過ぎようとしていた時だった。


「……どうしたんです?」


 彼女はユウの質問に答えることもなく、道の先をじっと見据えている。そして突然、くるりと今来た道を戻り始めたではないか。


「……?」


 不思議に思ったが、彼女の後を追ってユウも歩き始める。どうやら彼女は、マンション群をぐるりと遠回りして駅に向かうつもりらしい。



「ねえ先輩、あの先に何かあったんですか?」


 マンション群から大分離れてから、ユウは青葉に先程の行動について質問してみることにした。


「……面倒臭そうなのが、いました」


「面倒臭そうなの?もしかして幽霊でもいたんです?」


 するとその質問に、彼女は不思議そうな顔を返してきた。


「幽霊?幽霊なんて、どこにでもいるじゃないですか?」


 そして彼女は徐に、幾つかの誰もいない空間に向かい指をさす。



「今だってほら… そこと、そこと、そこに…います」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る