14

「ハルカは、抱かれたいんじゃなくて、甘えたいだけでしょ。」

 さらりとヨウさんが言った。

 俺は面食らって、ヨウさんの言葉を受け取り損ねた。

 甘える。

 その言葉を、俺はとうに捨てたはずだから。

 甘えると、傷つく。昼の母さんと夜の母さんの違いに振り回された俺がたどりついた、答えらしきものがそれだった。甘えたって、求めるものが与えられるわけじゃない。もしも一度与えられたとしても、次があるとは限らない。だったら最初からなにも求めない方が、傷は浅い。

 立ち尽くす俺を、ヨウさんは洗濯機の上においていたバスタオルでくるんでくれた。

 「風邪ひくよ。服を着て、リビングにおいで。飯を食って、落ち着いた方が良い。」

 俺は急に自分が裸のままヨウさんと会話していたことが恥ずかしくなって、慌ててバスタオルで身体を隠した。ヨウさんは、そんな俺を見て笑った。

 「子どもに欲情したりしない。心配しなくていいよ。」

 それだけ言い置いて、ヨウさんは風呂場を出ていった。

 子ども。

 俺はその響きを頭の中で反芻した。

 なんていい響きだろうか。俺はずっと、その響きがほしかった。誰かにきちんと、子ども扱いしてほしかった。

 せっせと体をふき、ヨウさんが買ってきてくれたらしい新品の下着をつけ、こっちはヨウさんのものらしき紺色のスウェットの上下を着た。スウェットはサイズが大きすぎて、中で身体が泳ぐくらいだったけれど、着心地はよかった。

 「……こども。」 

 口の中で唱えるみたいに独り言を言った。独り言は俺のくせみたいなものだった。話す人がいないから、一人でずっとぶつぶつ言っていた。

 ヨウさんと話したい、と、素直に思った。今は独り言ではなくて、あの人と話したい。タオルと着てきた服を畳んで置いて、俺は短い廊下を抜けてリビングへ入った。

 「どれ食べる?」

 テーブルの上に積み上げたカップ麺を、難しい顔で検分していたヨウさんが、顔を上げないままそう言った。

 「……シーフード。」

 俺ははじめに目に入ったパッケージをそのまま読み上げた。食にこだわりはなかった。食べられるものを、食べられるときに食べるだけ。そういう暮らしをしてきた。

 ヨウさんはちらりと顔を上げ、俺のほうを見て少しだけ唇を笑わせた。ヨウさんには多分、俺がカップ麺の味に興味を持っていないことは知れていたと思う。彼は、そういう顔をしていた。

 「そう。俺は塩にしよう。」

 難しい顔をしていたくせに、ヨウさんはなにも言わないでカップ麺を二つ開封した。テーブルの上には、お湯の沸いたケトルも置いてあって、ヨウさんはそこからさらさらとお湯を注いだ。

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