万年平社員の俺、実は登録者数3000万人のマイクラ配信者です

えすた

第一部 マイペースな忍と、忍を狙う者達

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「勝ったわね」

「油断は禁物」

「二人とも弓は引いてよ」


 黄色い石エンドストーンから成る空島の岸に立つのは三人――天使ラキ=キラ、女ガンマンカウガール中川麗子、異世界の盗賊シーフナナストロ。

 弓を構えた先には黒曜石の足場が浮いており、試し打ちで打った矢が何本も刺さっている。少しでも情報量を増やして敵を混乱させるためだ。


「これは配信であって配信じゃないわ」


 シリアスな天使の呟きに、「……どういうこと?」麗子が小首を傾げるかのように返す。


「ガチでやろうってことでしょ。声出しはしっかりし――」


 その時だった。


 最後の一人の進捗メッセージ『おしまい?』が表示されるとともに、土台上に一人が出現する。「来たよ!」ピュン、ピュンと即座に矢が放たれる。仮にライブであるならば反射神経を褒めるコメントで溢れかえっていただろう。実際三人ともプレイヤースキルは高く、VTuber界隈でも随一の実力者として知られている。ラキが勝利を確信するのも無理のない話だった。


「――は?」


 幅2、高さ3の、丸石の壁。

 敵がジャンプしたかと思うと、もう出来ていた。

 つまり計6個のブロックが一瞬で置かれたことになる。


 その操作はあまりに滑らかで。

 その設置音はあまりに地続きで。


TASタスじゃん」


 ラキが思わず呟く。


スニークでしゃがんで隠れてる!」


 そこにナナストロが荒げた声を重ね、「ラキは左! 麗子は右!」さらに指示を飛ばす。今この場のIGL――司令塔インゲームリーダーはナナストロ。どの方向から飛び出されても応戦できるよう分担したのである。


 秒も経たず次のアクションが来るように思えたが、石壁からは何も出てこない。


「……クラフトしてる?」

「スニークではできないよ。ただの撹乱だ」

「……」


 遠巻きに巨大な黒竜エンダードラゴン――エンドラの咆哮が響く中、ついには無言の相対となる。

 一秒、二秒、三秒――時が刻まれていく。


 この位置ならエンドラに襲われる心配もないことは相談済。そして、敵もその程度は読んでいるだろう。エンドラに襲われるのを待っているほど安直ではない、はずだ。

 だからラキも黙って集中した。


 ふと、ラキが睨む左側から何かが飛び出す。すかさず矢を放つ。

 敵に当たることはない。というより、当たっても意味がない。


 飛び出したのは、捨てられたアイテムだった。


「おとりだ!」


 いち早く気づいた盗賊ナナストロがラキの射線に追従する。ほぼ同時に、予想どおり敵が飛び出していた。

 ダッシュジャンプ、その先は奈落――潔い自決行動にも見えて、ナナストロの手も緩む。「違うっ!」飛び出した敵はすかさず背後を向き、ブロックを設置する。

 否、ブロックではない。

 もはやラインとでも呼ぶべきだろう。


 驚異的な連打で繋げられたブロックは敵の足元にまで届き、足場となった。


「テリー、ジャンプ……」


 配信ではまず見かけることのない、非常に高度な橋架け技術ブリッジングである。

 息するように複数回続けている。最高難度と呼ばれる『スピードテリー』であり、ブリッジングの理論値速度といわれている。実力者だからこそ、今この場で出せることの凄さがわかる。

 怯んでしまったラキだったが、「撃ち落とせ!」ナナストロの叫び声と、「せー」麗子のマイペースな便乗により、「いや落差」ラキは苦笑しつつも平静を取り戻した。


 敵は息するように空中を走っている。

 それを三人分の矢で射止めようとするが、当たらない。三人とも先読みして放っているが、敵はそんな行動さえもお見通しであるかのように勢いや方向を微調整し続けている。当たると確信しても、今度はブロックで塞がれる。ブロックを置けるように出っ張りの設置もしれっと行っているのだから器用を通り越している。


 使われているのは葉ブロックだ。

 ハサミで大量に集めたのだろう。最初からこのやり方で突破するつもりだったのだ。「ポータルで迎え撃つべきだったか」ナナストロがふと呟くと、


「正直その方がキツかった」


 ベテラン男優のような渋い男声が応答する。

 敵役として今も矢を交わしながら空中を移動している、四人組配信者『ティーラーズ』の最後の一人『ノブ』である。


「おら、おら! 落ちろぉぉぉ!」

「天使がノーコンで助かるわー」

「あ?」


 天使の設定を欠片も感じさせない、凄みに満ちた声であった。


「挑発に乗るなよラキ。あと声がやばい」


 配信者として掛け合いを差し込むが、プレイは変わらずガチであり、今も空中ジャンプと矢の応酬が続いている。

 ノブは三人が立つ本島側への上陸を狙っており、少しずつこちらに近づいていた。


 ついでに言えば高度も上がってきているし、奈落の暗き空もずいぶんと緑色でうるさくなっている。

 このままでは矢もまともに届かなくなる。


「この渋ボでこんな軽薄なこと言う方がやばいでしょ。返してよ渋ボ! 私、渋ボが大好きだったんだから!」

「可愛いお嬢ちゃんだねぇ。おじさんとお茶しない?」

「渋ボはそんなこと言わない」

「間違えた。アラサーのババアか」

「誰がアラサーだこら」

「ババアは否定しないのね」

「アラサー否定したらババアも否定されるでしょうよ! おつむ足りてる?」

「どこぞのノーコン天使よりは足りてるかなー」

「ねぇ!? アイツマジで撃ち落としていい?」


 ここでノブの進行方向がぐるりと曲がった。

 見上げる三人は瞬時に理解する――上陸される。


「来るぞ! 柱だ!」

「私が登る! 二人は地上を」


 ラキが牽制を買って出る。すぐに水バケツに持ち替え、高い柱を登り始めた。「奇襲に気をつけて」「わかってる!」この間にも、バシャッと水バケツ着地の音が。ノブが上陸したのだ。


 間髪入れずにブロックの設置音と、爆発。

 そして矢を放つ音――


「ねー、おじさーん、私と遊ぼうよ? 頭を差し出してくれるだけでいいの。このダイヤ斧でかち割るだけだから」

「……」

「いや乗ってきてよ! 恥ずかしいじゃん!」

「今大事なところだから」


 矢が放たれた数とクリスタルの爆発音とが一致している。

 ノブはエイムも化け物である。


 そもそもこの企画は三人でノブを妨害するものであり、ノブが格上だからこそ成り立つものだ。

 事務所の方針でもあるが、台本は無い。

 面白くするためには、全力で望むしかない。


 戦いは佳境に差し掛かっている。

 既に何度も見せつけられ、魅せられているが、もうひとつくらい見せ場が欲しい。もちろん配信者としても、マイクラプレイヤーとしても無様な死は見せられない。


「おっじさーん」


 ラキはノリを強行しつつも、水流の中でエンチャントされた金のリンゴを食べる。

 そして柱の天井に到着した。


 かたやダイヤフル装備 feats. エンチャ金リンゴ。

 かたや鉄装備金装備。ついでに言えば、デフォルトアバタースティーブ

 アバターはともかく、さすがにこのPvPは負けやしない。構えているのも発言と異なりダイヤ剣である。もっともこんなフェイクは気休めにもならないが、逆を言えばそこまでして殺そうとしている。殺意の塊だ。


 ノブに狼狽えた様子はなく、ラキの方を見向きもしていない。

 しかし、剣が届かない絶妙なタイミングで空へと飛び出す――かと思えば、一瞬だけこちらを向いて腕を動かした。

 ガガガガガッ、と人外な速度でブロックが繰り出される。

 CPS――秒間クリック数で言えば16は超えているだろう。テリーブリッジの要件は20ともいわれている。いずれにせよ常人離れした連打だ。


 やはりノブはテリーブリッジで逃げていくらしい。


「もうブロックもないでしょ? お姉さん知ってるよ? 諦めて落ちよ?」


 ブリッジングのデメリットはブロックを大量に消費すること、そして追手にも辿られることである。

 ラキもすかさず追いつつ、「追従して!」地上の二人も誘導する。


 一瞬の振り向きに繊細なエイムにブロック設置にと忙しいノブと、ただただ最短で走ればいいラキ。

 後者が有利なのは明らかで。


 あと一息で剣が届く間合いに来たが、


「は?」


 相手がハサミに持ち替えたのが見えたが、もう視界が下がり始めている。足場を壊されるなど想定内だったが、持ち替えとエイムがあまりに早く的確。たった1マスの穴にラキは落ちたのだ。落ちたとなれば成す術も無い。「あああああ落とされたあああ」悲鳴をあげつつも、しれっと水しぶきが混ざった。

 ラキも熟練者であり、水バケツに持ち替えてからの着地は朝飯前だ。

 ともあれ、ラキの牽制は失敗。


 この後、ノブはすべてのクリスタルを破壊すると。


 地上に降りてきて、三人から逃げ回ることとなる。


 三対一。

 ダイヤと鉄。

 単に殺せばいい立場とエンドラを倒さねばならない立場――

 ただでさえ無謀な、いや無理とも言えるシチュエーション。


 控えめに言っても絶体絶命で、ここで死んでも視聴者は絶賛するだろう。

 PvPに運要素は無い。実力者だからこそ、この状況なら負けないとわかる。


 ノブはここまでだ。

 誰もがそう思った。


 しかし、ノブの取った作戦は予想外で。


 自分へのエイムを逆手に取って、のである。

 狙って行えるものでもないし、目が合う事故自体は上級者でも起きることがある。それゆえ気付くのが遅れた。

 気付けば、エンダーマンを怒らせてしまっていた。そうなれば対処にリソースを割くことになる。エンダーマンは強力なMOBモブだ。ダイヤ装備と言えど、無視し続けられる存在ではない。加えて、ノブが狙ってそうしたのだという信じられなさも弱化効果デバフとして作用する。ゲームの支柱も精神だ。精神がブレたら隙が生じる。


 元よりスキルと情報処理には大差があり、PvPでもタイマンではまず勝てない。

 乱れた三人をノブが見逃すはずもなく、一人、また一人と的確に殺されていき――ついには全滅。


 もちろんその後はエンドラも倒して。


 戦いはノブの勝利に終わった。




 『ハンター3体から逃げながらエンドラ討伐』と題されたこの動画は、配信者グループ『ティーラーズ』のメンバー『ノブ』を伝説へと押し上げた。

 彼の個人チャンネルは――英語テロップなど編集の工夫もあって――日本国外にもファンが多く、チャンネル登録者数は現在3000万人を突破している。日本語圏だけでは成しえない、この桁違いの数字は、最近まで国内登録者数ランキング一位を誇っていた。


 にもかかわらず、配信者『ノブ』の素性は謎に満ちている。

 事務所のポリシーもストイックであり、案件やライブやコラボはもちろんのこと、雑談配信もしなければSNSアカウントさえ持たない。

 そもそも事務所内でも最高機密であり、ラキ、麗子、ナナストロの三人さえも顔を拝めない存在だった。

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