13. ベンとポニー

 ミシェルの家の駐車場に着いたとき、友人は既に路肩に停められた水色のルノートゥインゴに乗り込む直前だった。


「突然呼び出してごめんね、後でアイス奢るから」


 友人は申し訳なさそうに両手を合わせた。


「ついでにタコスも」


「ハイハイ。じゃあよろしくね」


 ミシェルの乗った白い車が走り去るのを見送って大きな2階建ての家の玄関を入ると、すでにリビングの方から2人分の甲高い歓声が聞こえてきた。案の定廊下と入ってすぐ左手にある子供部屋には、歩く隙が見当たらないくらい大量のおもちゃが散乱している。誤ってシンバルを持った猿のおもちゃを踏んでしまった私は、猿の発した『おめでとう!!』という謎のお祝いの台詞と、鳴り響く大きなシンバルの音に驚いて壁に肩をぶつけてしまった。全く、心臓に悪い猿だ。


 リビングでは幼児向けの番組が大音量で流されていて、モンキーダンスらしきものを踊る若い男性の動きに合わせてベンとポニーが楽しそうな笑い声を上げながらダンスをしている。2人の特徴的な腕の動きとガニ股、発するキャーキャーという甲高い声。まるで2匹の小猿が猿踊りをしているようだ。さっき私が踏んづけたシンバル猿といいこの子供向け番組のモンキーダンスといい、今日は猿を崇める日が何かなのだろうか。もしそんな日があるのだとしたら、これからこの子どもたちの面倒を見なければいけない私を崇めて欲しいくらいだ。


 2人は私の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。ミシェルの家にはよく遊びに来ていたから、彼らとも顔見知りだった。


 私が2人の前でテレビの男性の動きを大袈裟に真似したあとロボットダンスを披露すると、ベンとポニーは大爆笑した。はしゃぐ2人と一緒にソファに座り、リビングの床に投げ捨てられていた『毛むくじゃらおじさん』という絵本を主人公のおじさんと魔女、妖精と小人、おじさんの飼い猫のピンチョンという5人の登場人物になりきって声を変えて読むと、2人は顔を真っ赤にして、しまいに床に寝転がってギャハギャハと大笑いした。


 子どもたちに大ウケしたことで気を良くした私は、彼らのために何かおやつを作ってやろうと柄にもないことを思いついた。彼らに何が食べたいか聞くと、「ビビンめん!」と口を揃えて言った。そもそもビビンメンって何だ。聞いたことのない響きだ。Google先生に聞いてみよう。検索してみるとどうやら韓国料理のようだ。この雰囲気だと2人は本当にビビン麺が食べたいわけではなくて、テレビか何かで聞いた食べ物の名前を適当に言ってみただけなのかもしれない。


「ビビン麺って辛いやつだよ、ドラゴンみたいに口から火吹くけどいい?」


 私の問いかけにポニーは「辛いのはやだ!!」と眉をハの字にする。


「じゃあ何か美味しいお菓子を作ってあげる。何がいい?」


「コーンフレーク!!」


 ベンが右手を上げて元気よく答える。そもそもコーンフレークはお菓子じゃない。人によってはお菓子になりうるのかもしれないが、少なくとも私にとってはそうじゃない。


「コーンフレークちゃうがな。ポニーは何がいい?」


 ポニーはしばらくうーん、と首を傾げたあと、満面の笑みを浮かべて言った。


「チーズバーガー!!」

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