第20話  現場侵入

 青春はあの後、3バカの集めた情報を聞いた。


 だいたい秋葉が言ってた事と同じだった。

 唯一の新情報は、ヤクザの抗争より前にも、猟奇殺人鬼が出たことがあったということだった。

 十年近くも前の事ではあるらしいが、周辺に住んでる方からの情報だから間違いない。


 青春は3バカと別れ、夜を待つ。

 今回は人質というか、助けを待つ人もいないため、今すぐに行動する必要はない。


 ならば、自らの力を発揮できる夜に動くのが妥当。

 長引く可能性を考え、夜6時になるタイミングを見計らう。


 その間、黄緑とも別れて6時に待ち合わせしようとしていたのだが、彼女は「青くんといる!」

 ……と言って聞かなかったため、しぶしぶ一緒に時間を潰した。


 ゲーセン行ったり喫茶店入ったりして、黄緑の当初の予定通りデートした。


 終始ニコニコで遊びに付き合わされた青春だったが、彼の方も意外と満更ではない様子だった。


 友人がいないため、こうやって人と遊ぶ経験が皆無だったからだ。



 ♢



 ――6時ちょっと前。


 二人は現場に戻り、近くの廃ビルを昇る。


 黄緑は階段上がりながら聞く。


「なんでこんなところ入るの?」

「簡単な話だよ。上から侵入するため」

「上から?」


 ちんぷんかんぷんな黄緑。


「この階くらいでいいか……」


 青春は5階で足を止める。

 内部は解体途中で工事を止めたかのように、所々瓦礫にまみれている。


 足元に注意しながら、壊れた窓付近に近寄る青春。ガラスもなく、サッシはとれかかり、そこから凍える風がビュービューと吹き抜けている。


 そこから下を覗き込むと、例の殺人現場が見下ろせる。


「青くん危ない!」


 覗き込んだだけで別に危なくないのだが、黄緑はチャンスと言わんばかりに青春に抱きつく。

 合法的に抱きつくチャンスは逃さない女だ……


 まあ、足を滑らせたらまっ逆さまだから危険は危険なのだが……


 青春はまさにしに来たのだ。


「お姉さん。ここから現場に侵入するよ」

「え?飛び降りるってこと!?怪我するよ!?」


 普通の人間なら怪我どころか即死な高さだから、黄緑の発言も少しズレてる。


 青春がその判断をするということは、怪我の心配などないのだろう。

 共に普通の人間ではないし当然の話だが。


「今の僕らなら、こんな高さじゃかすり傷一つ負わないから大丈夫だよ」

「でも心配だから、私が青くん抱っこして降りようか?」

「……僕より自分の心配しなよ」

「ワタシは大丈夫!前に試したけどこれくらいの高さなら、余裕だったよ!」


 つまり黄緑は最初から自分ではなく青春の心配をしてたようだ。

 ……そもそも黄緑と同じく青春も、妖猫ヒルダの力をもつのだから心配無用なのだが。


 いや、それを理由に青春に触りたいだけなのかもしれない……

 この女ならありうる。


『フフフ。やはり何か企んでたでござるね!』


 背後から声が……

 この口調からしてまさか、


「ウチも混ぜてほしいでござる!」


 丸眼鏡の女子高生、秋葉が二人の背後からぬるっと現れた。


「げええ!秋葉先輩なんで……」


 露骨に嫌そうな顔をする黄緑。

 秋葉はそんな態度気にせずに、


「ウチだけではないでござる」

「はっ?」

「どうぞどうぞ」


 秋葉に手招きされて現れたのは、桃色二つ結びの、おどおどしたかわいらしい女の子、青春の同級生桃泉和花だった。


「え、桃泉さん?なんでここに……」


 あまりにも想定外な人物が現れたので、基本無表情な青春すら少し驚いた様子だった。


 和花は少し、照れくさそうに言う。


「秋葉先輩が闇野くんの手助けに行くって言うから……あたしも手伝いたくて……」

「彼女、中等部なんでござるけど、お姉さんの真琴氏に連れられてたまにウチの漫研に来るんスよ。今日は休みなのに来てたからついでに誘ったでござるよ」


 漫研にそこそこ出入りしてた黄緑はまったくの初耳だった。

 黄緑と和花が会ったのは先日の騒動が初めてだったし。

 今までは偶然会わなかったのだろう。


 ただ、黄緑にとってはそんなことはどうでもいい。

 彼女にとっては和花は目の上のたんこぶ。青春に近寄るメスというイメージしかないのだ。

 ゆえに、あまりいい印象はない。


 現に、黄緑は少しイライラしている。ただ、青春を心配してくれてるというので、邪険にはできないのだが。


 とはいえ……


「あの~お二人には悪いんだけど、邪魔というか~戦力外なんで~迷惑というか~」


 精一杯オブラートにつつんだつもりで黄緑は断ろうとする。

 ……全然オブラートにつつまれてないのだが。


「まあ気にしないで。取材したいだけでござるから」

「あ、あたしもなんでも手伝うんで!」


 しかし二人は折れない。

 黄緑は内心思う。

(うぜえええええええ!無力な一般人は入ってくるなって言いたいの!こっちは!)


「……この先は命の保証できないよ。僕とお姉さんみたいに力でもあるなら話は変わるけど」


 青春もまた忠告。

 すると、秋葉が笑いだす。


「ブフフっ!命の保証?なーに言ってるでござるか!犯人もいないのに、危険なんてあるわけないでござるよ」

「まあにわかには信じられないだろうけど……実は妖魔っていう、」

「とにかく、何か潜入方法あるんでござろう?まーぜて!」


 青春の、ここから潜入するという言葉を聞き、壊れた窓の先に何かあると推測した秋葉。

 そして何を思ったか、ダッシュして、窓の外へ……

 飛び出した!?


「あれ?なにもな……」


「いいいいいいいい!?」


 青春と黄緑はあまりにも想定外な行動をした秋葉に驚愕すると、同時に動く!


「お姉さん!」

「わかってる!あのアホ先輩!」


 黄緑はすぐに窓の外に飛び込んで、落ちた秋葉を追う。

 そして青春は、


「桃泉さん!僕も後を追うけど、一人で帰れるよね?」


 時間はまだ6時前。まだ辺りはそんなに暗くもないし、危険はないと判断。


 基本女の子の夜道は危ないと青春は思ってるから、できれば家まで送りたい所。だが今は緊急事態。

 ゆえに一人で帰ってもらおうと思ったのだが……


「――!?」


 青春は何かの気配を感じる。


(しまった……僕とした事がうかつだった。殺人現場に妖魔がいるなら、その周辺もテリトリーの可能性も考えられただろ!)


 複数の妖魔の気配が、今になってあらわになったのだ。

 つまり、この廃ビルもまた奴ら妖魔の住みかだった。


 ……おそらく、猟奇殺人鬼事件を操ってる妖魔の配下。そう青春は推測する。

 数は多いが、矮小な妖魔の集団に見えるからだ。


 だがいかに矮小でも、ただの人間にとっては恐るべき脅威。

 大の大人、いや軍人だとしても、奴ら妖魔の前では無力だ。


 そして奴らはおそらく矮小ゆえに、戦闘能力の高い青春と黄緑に警戒していた。だから今まで身を潜め、気配を消していたのだろう。

 それが和花一人にでもなってしまえば、彼女は一瞬で餌食になる。


 となれば、彼女を一人で帰宅させるわけにはいかなくなる。


 ちなみに、今になって青春が気配に気づけたのは妖魔達の油断である。


 厄介な者が一人消え、餌となりうる人間のどかの存在。ゆえに目の前の餌に待てと、止められてる犬のような状況になった妖魔達。だから気配が漏れた。

 ギリ6時になってないため、青春が夜状態じゃないせいもある。

 夜状態なら恐怖で奴らは動く事すら出来なかったはず。


 逆に幸いだった。夜状態なら気配が漏れないことで妖魔に気づかず、和花を一人にしてしまっていたかもしれない。


 ……今からビルの妖魔を殲滅するとしたら時間がかかる。雑魚とはいえ数が多いし、奴らも逃げ惑うはず。

 そうしてる間に先に行った黄緑と秋葉に危険が迫るやもしれない。


 青春の推測では事件の黒幕の妖魔は、前回のサイクロプス並みはあると思っている。

 そうなると黄緑一人では危険すぎる。


 となれば……


「桃泉さん、ごめん。触るよ」

「――え!?」


 青春は和花を抱き寄せる。そしてその状態で5階から事件現場へと飛び込んだ!


 ただの人間の和花を落下の衝撃から守るにはこれしかなかった。


 青春は恥ずかしいやら和花に悪いやらの感情が駆け巡るが、仕方なかった。

 和花を置いて行けない、黄緑を早く追わなきゃ行けない。

 そうなると和花も連れてくしかなかったから。


 和花は状況をつかめてなかったが、抱き寄せられた事で顔を赤らめ、満更でもなさそうだった。


 青春は落下しながら現場を見渡す。そこからの視点に黄緑と秋葉の姿がない。


 移動した?……いや違う。


「……分断、された?」



 つづく。


「ああ~!!メス猫!!抱き寄せられてるんじゃないわよ!!」


「次回 黄緑、秋葉チームの行方。ちょ、ちょっと!二人きりになってるわけ!?お姉ちゃん認めない!」

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