お花畑転生娘、大監獄へ

 すっかり大人しくなったミラはマリーローズに促されるまま護送馬車に乗り込んだ。


 ほんの十年ほど前まで、護送馬車はただの荷車の上に雑な造りの檻を載せただけで、仲が丸見えになる粗略なものだった。そのため、移送中に暴徒化した群衆が石や刃物などを投げ込んで、護送中の囚人が負傷することも珍しくなかったのだ。

 今では飾り気はないものの頑丈な箱型馬車で、虜囚への暴力のみならず移送中の脱走も防ぐ造りになっている。


「……久しぶりね」


「ええ。元マルドゥーク公爵令嬢の処刑以来です」


 憮然とした面持ちで床に視線を落としたままぼそりとつぶやくミラにマリーローズは場違いなほど柔らかな微笑で答えた。

 いっそ優しげとも言える態度にミラはかえって恐怖を感じる。


「ふん。オトモダチの敵討ちでもするつもりつもり? 」


「いいえ、私は王都処刑人長ムッシュ・ド・ロテルとしての職務を果たすだけ。私情を挟む余地などありません」


「よく平然としてられるわね。あれだけの人数を地獄に送っておいて」


「貴女の言うことではないように思いますが。私はただ判決に従っただけです」


「はっ、とんだお笑い種ね。何でもかんでも判決のせい? どうせ自分で考える頭がないから命令に従ってるだけの無能のくせに」


「相手が根負けするまで感情的に言い募れば黒いものも白くできると思い込んでいるところは相変わらずですね。とりあえず嘲笑すれば自分の勝ちだと思い込んでいるところも」


 ミラの減らず口にマリーローズも微苦笑を浮かべる。

 必死で神経を逆なでして優位に立とうとしているが、本心では怖くて仕方がないのはわかっているのだ。


「ふん、負け惜しみ? あんたの妹だって王都に来る途中で死んだでしょ。あんたが証人喚問に異議申し立てしてれば無事だったかもしれないのに」


「妹の……リリーの証人喚問はあなたのさし金ですよね?それにあの子は魔獣災害に巻き込まれて死亡したことになっていますが、遺体が発見されたわけではありません。どこかで、きっと生きていてくれるはずです」


 穏やかな態度を崩さぬまま答えるマリーローズ。しかし、その眼差しはどこか哀しげで、祈るような口調には彼女の願望が見え隠れしている。


 マリーローズの最愛の妹、リリーローズはミラに冤罪を着せられ、王都に送られる途中で魔獣災害に巻き込まれた。現場の状況や愛用の斬首刀が残されていたことから死亡したことになっているが、遺体は見つかっていない。


 そんなミラを見やって困ったように苦笑するマリーローズがふっと何かを懐かしむように遠い目をする。


 ミラとマリーローズ、そして三年前に処刑されたマルドゥーク公爵令嬢セレスティーヌは王立クリノス学園の同級生だった。


 本来は貴族の子弟子女のみが通学を許される学園は、三代前の王が「文武に優れた平民を特待生として受け入れ、高度な教育を施して王国の未来を担う高級官吏に育てる」と決定してから毎年若干名の平民特待生を受け入れている。

 彼らは平民たちの期待を一心に背負って勉学に励み、優秀な人材として社会に送り出されているのだ。


 孤児院育ちのミラは莫大な魔力と貴重な治癒魔法の才能を、処刑人の長の娘であるマリーローズはたぐい稀な剣の技量と医学の知識を買われて特待生となった。

 そこで彼女たちは運命的な出会いを果たし、国家……いや世界そのものを巻き込む大騒動へと巻き込まれていったのである。

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