第54話 新たな旅立ちへ

 無事に最初の巡礼地での目的を終えたメルたちは、次の目的地へと向かうことになった。


 お世話になった人たちに挨拶をし、旅に必要な荷物を補充したメルたちは次の巡礼地に向かうため、最初に入国した南側の駅とは逆側にある、北側出口近くの乗合馬車の乗り場へとやって来た。



 すれ違う馬車同士がぶつからないようにと、円形をした広場には既に多くの人で溢れかえり、そこかしこから別れを惜しむ声、旅立ちを祝う声が聞こえていた。


「ううっ、メルさああああああぁぁぁん!」


 そんな中、メルたちの見送りにやって来たノインは、大粒の涙を流しながら大きな荷物を背負ったメルの首に飛び付く。


「私、メルさんたちと一緒に旅ができたこと、絶対に……絶対に忘れませんから!」

「うん、ボクも忘れないよ……絶対に」


 メルも大きく頷きながら、ツインテールに結ばれたノインの栗色の髪を優しく撫でる。


「ノインちゃんは、まだこの国にいるの?」

「……はい、パパが退院してこちらに迎っているそうなので、それまではフェーちゃんと一緒にお城にいるつもりです」


 現在ノインはフェーの世話をするため、一緒に城内で暮らしている。


 だが、これまでノインにべったりだったフェーは、成体となって自由に移動できるようになったからか、徐々に彼女と距離を置くようになり、今日は朝早くから何処かに飛び立っていったという。


「でも、フェーちゃん……大人になって数日なのにそんな勝手に動いて大丈夫なの?」

「大丈夫、問題ないよ」


 不安そうなメルの声に、ルーが穏やかな声で話す。


「フェーが成体になった日、私を温めるために羽根で包まれたことがあったでしょ?」

「うん、あったね」

「あの時、私の匂いがフェーの体にたっぷり付いたから、狼や熊などの野生動物は恐れて近付くことはないよ」


 人間はともかく、野生動物はドラゴンの恐ろしさを本能で知っているので、その匂いが付いたフェーが襲われる心配はないという。


「それに実は、フェーちゃんにはネージュ様の魔法で大まかな位置がわかるようになっているのです」


 ルーに続いて、ノインも落ち着いていられる理由を話す。


「後は人に襲われないようにと、ファルケさんたち騎士の方たちが常にフェーちゃんを見張ってくれているそうです」

「ファルケさんたちが?」

「はい……ただ、フェーちゃんは自由に飛ぶので追うのはとっても大変そうですけど」

「ハハハ……まあ、ファルケさんには頑張ってもらおう」


 今回の件でファルケとの戦闘は全く不毛だったので、血の気の多い彼女には精々走って余計な気が起きないようにしてもらおうと思った。



 まだ馬車の発車時刻まで時間があるので、メルたちはノインと他愛のない話に花を咲かせていた。


「ああ、よかった。メルたち、まだいたね」


 すると、遠くの方から安堵したような声が聞こえてくる。


「全く……今日出て行くならもっと早く言って欲しかったね」

「あれっ、マーサお婆様……でもどうして?」


 マーサには昨晩の夕食時に今日旅立つことを告げ、彼女もいつもの調子で了承し、今朝宿を出る時も特に変わった様子はなかった。

 宿屋を経営している以上、客との出会いと別れの回数は数知れず、だからメルたちとの別れも思うことは特にないと思っていた。


 そんなマーサが急いで来たのか、額に浮かんだ玉のような汗を拭いながら大きく息を吐くと、付き添いで来た男性従業員が持っていた年季の入った書物をメルに差し出す。


「ほれ、メル。こいつを持っていきな」

「これは?」

「私が城で働いていた時のレシピをまとめたものだ。それと、こっちは今日のお昼にでも食べな、私のとっておきだ」

「わあ、ありがとうございます」


 続けて差し出されたまだ温かい料理が入った袋を受け取ったメルは、レシピ本をパラパラとめくって目を輝かせる。


「こんなに細かく……マーサお婆様ありがとうございます。大好き!」


 受け取った荷物をルーに渡したメルは、マーサに抱きついて彼女に頬擦りする。


「コ、コラッ、よさないか全く……私もメルに会えてよかったよ」


 メルからの真っ直ぐな好意に観念したのか、マーサは照れたようにはにかみながら彼女の背中へと手を回す。


「これから大変なこともあるかもしれないけど、メルたちの旅の無事をずっと祈ってるよ」

「はい、マーサお婆様もこれからもおいしい料理をたくさん作って下さいね」


 互いの無事を祈るように熱い抱擁を交わしていると、


「そろそろオフィール地方への馬車が出ます。乗車予定の方はお集まりください!」


 乗合馬車の準備が整ったのか、紺色の制服を着た男性が大きな声で人々に声をかけて回る。



「……そろそろだね」


 それがメルたちの乗る馬車だと気付いたマーサが、抱いていた手を放して微笑を浮かべる。


「メル、それにルーも元気でやりなよ」

「はい、また必ず会いに来ますから」

「その時のメルの成長をお楽しみに」


 最後にもう一度ノインとしっかりと抱き合って別れの挨拶をしたメルたちは、乗合馬車の職員へチケットを渡す。


「ノインちゃん、マーサお婆様……みんな、みんなまたね!」


 幌付きの大きな馬車に乗ったメルが大きく手を振ると、集まった人たちも大きく手を振って旅立つ二人を笑顔で見送った。

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