第15話 ボクがボクであるために

「でも、驚きました」


 料理屋を後にしてメルがいると思われる店主の息子の家に向かう途中、事の顛末を聞いたノインが感心したように大きく嘆息する。


「メルさんって、思ったより情熱的な方なんですね」

「そうだね。メルは子供の頃に周囲と違うことを揶揄されてきたから、できないと言われると覆したくなるんだよ」

「えっ、メルさんが!?」

「信じられないでしょ?」

「は、はい……」


 コクコクと何度も頷くノインに、ルーがメルに過去に起きた出来事について話す。


「まあ、本当に色々あったけど……例えばそうだな。メルの髪、銀に黒が入って珍しいと思わないかい?」

「あっ、はい、キラキラ光る銀髪にアクセントで入る黒ってとっても綺麗ですよね」

「……それ、メルに直接言ってあげて。絶対に喜ぶから」


 想定していたとは違う返答に、ルーは思わず「フッ」とシニカルな笑みを浮かべる。


「メルの周りの人間が、ノインちゃんみたいな子ばかりだったら良かったんだけどね」

「……違ったのですか?」

「違った。メルが生まれ育った場所ではあの子のような髪色……しかも二色の色を持っているのは珍しいどころか全くいなくて、同世代の子供から心ない言葉を浴びせられたよ」

「小さな子供って……残酷ですからね」

「そうだね」


 ノインもまだ子供だという無粋な指摘はせず、ルーは呆れたように嘆息する。


「しかも子供だけじゃなく、周りの大人たちまで次々と皆と同じように……髪を黒か銀のどちらか一色にしろと迫ったんだ。他にもメルが自分のことをボクというのも変だって、色んな人から攻撃されてたな」

「そんな酷い!」


 まるで自分のことのように、ノインは目に涙をためて必死に訴える。


「あの綺麗な髪は、メルさんのお父様とお母様がくれた大切な贈り物じゃないですか! それに、自分の呼び方だって好きにすれば……」

「うん、だからメルのパパが一肌脱いだんだ」

「どう……したんですか?」


 まさか過激なことはしていないですよね? と思わずゴクリ、と喉を鳴らすノインに、ルーは「ないない」と苦笑する。


「方法は簡単、パパは文句を言ってきた一人一人に、メルの髪が生まれつきの髪色であること、いかに自分たちに愛されているかを説明していったんだ」

「えっ? それって……」

「うん、途方もない日々だったと思う」


 この手の言いがかりやクレームは、まともに対処しても話にならないことが多い。


 何故なら言っている本人は自分の言っていることが絶対に正しい、相手の方が絶対に間違っていると思い込んでいるからであり、第三者から見れば明らかにおかしなことを言っていても、当人は存外気付かないのである。


「それをパパは相手に敬意を払いながら、懇切丁寧に何度も話していったよ。後は、本当は嫌いだった表への露出もいっぱいしたしね」

「表への露出?」

「うん、テレビ……と言ってもわからないか、本や新聞の取材を受けて有名になったんだ」


 メルの父親が有名になると、これまで散々噛み付いてきた者たちが次々と手の平を返していったという。


「本当は国のお偉いさんの後ろ盾があるから、その人たちの手を借りれば、嫌な奴等なんて簡単に消せたのにね」

「ええっ!? やっぱりメルさんのパパって偉い人なんですか?」

「違うよ、ママと私は異世界の人だからね。パパの世界でそのまま住むわけにはいかなかったんだ」


 実は表沙汰になっていないだけで、異世界へと渡って帰還した人はそれなりにいた。


 ルーたちの噂を何処かで聞きつけたのか、彼女たちが暮らし始めてほどなく国の役人を名乗る人物が現れ、いくつかの質問の後に戸籍の登録や周囲への情報操作、そして済むために必要な教育をしてくれたという。


「だけど、国に頼ったら次からそれを理由につけ込まれるからって、後は嫌みを言ってくる人にも家族がいるから、無関係な人を傷つけたくないからと言ってさ……」

「とっても優しい人なんですね」

「うん、凄くね。メルの呼び方も、好きにしたらいいってそれでも大切な個性だって言ってさ……そんな人だから、私にとってもメルのパパは大事な人だよ」

「へぇ……」


 頬を赤く染め、とても誇らしげに話すルーの横顔を見て、ノインは見たこともないメルの父親に想いを馳せる。


 あれだけ強くて凛々しいルーにこんな表情をさせるなんて、一体どんな人物なのだろうか。


 俄然興味が湧いてきたノインは、この際だからと思い切って彼女に声をかける。


「あ、あの、もっとメルさんのパパの話、聞かせてもらってもいいですか?」

「いいよ、私とメルのパパとの出会いはね……」


 ルーはノインの願いを快諾すると、歩きながら思い出話に華を咲かせた。



 ※


 ――一方その頃、


「ここか……」


 一人先行して駆け出したメルは、出会った村人たちに話を聞いて、店主の息子の居場所を突き止めていた。


 可愛らしい赤色の屋根が特徴のログハウスの扉の前に立ったメルは、戸惑うことなく手を上げて扉をノックして声をかける。


「ごめんくださ~い、ジャッドさん。少しお話させてもらっていいですか?」

「ったく、誰だよ……ってあんたは」


 中から出てきた店主の息子、ジャッドはメルの顔を見て驚いたように目を見開く。


「な、何だよ。まさかさっきのことを文句言いに来たのか? しかも、俺の名前まで……」

「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。それに来た目的は文句とは逆です」

「逆だぁ?」


 あからさまに警戒するように顔をしかめるジャッドに、メルは満面の笑みを浮かべて手を差し出す。


「ボクはメルと言います。どうかボクにフクフクを有毒化させないでさばくお手伝いをさせて下さい」

「はぁ? な、何だよ急に……何が目的だ?」

「単純な話です。ボクもフクフクのおいしさに取り憑かれてしまったんです」


 そう言ってメルは、ここに来た目的をジャッドへと話していった。

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