第4話 一緒に行かない?

 強盗たちが鎮圧されたと報告を受け、魔導機関車は急遽近くの整備場で停車することになった。


「不届き者の逮捕にご協力に感謝します」


 機関士たちから通報を受けてやって来た中年の警備隊の隊長は、負傷者たちの手当て終え、一息ついているメルたちに感謝の敬礼をする。


「十名以上の強盗たちを相手に乗客だけでなく、連中にも死者を出さずに解決してしまうとは……お二人の実力に感服いたします」

「いえいえ、たまたまですよ」


 驕ることなく、年相応に照れたようにはにかむメルを見て、警備隊長は微笑みながら顔を上げる。


 視線の先には、メルたちによって拘束された強盗たちが縄で繋がれ一列に歩いている姿が見えた。

 乗客たちの証言から、二人の少女が強盗を圧倒してみせたのは疑いようもなかったが、それでも自分の半分くらいの年の子の活躍に驚きが隠せなかった。


 それでも魔法使いなら可能性はなくないと思い、警備隊長はメルに敬意を払いながら話しかける。


「ところでお嬢さんたちは巡礼の途中だとか……ということは、聖王都エーリアスへ?」

「はい、といってもエーリアスが最初の巡礼地ですけどね」

「そうですか、でも驚きですね」

「何がですか?」

「あっ、いや、気を悪くしないでもらえると助かるんですがね……」


 疑問符を浮かべるメルに、警備隊隊長はバツが悪そうに後頭部を掻く。


「確かに過去に魔法使いの巡礼が流行った時期もありましたが……」

「今は非常に少ないみたいですね?」

「ええ、今は教育機関が充実してますから、修行の旅に出る者は少ないと聞きます」

「そう……みたいですね」


 警備隊長の話に、メルは顔を伏せて困ったように眦を下げる。


 魔法使いの巡礼とは、世界に七つある聖王都と呼ばれる魔力が溢れる土地を巡り、現地の教会でその土地独自の魔法を学ぶことで実力を磨いていく行為である。


 だが、昨今は教育機関の登場により、聖王都から講師を呼ぶことでその土地の魔法を学ぶことができるので、わざわざこちらから各地へ出向かなくてよくなり、巡礼そのものの価値が変わってしまった。


 他にも巡礼には長い期間と多額の費用が必要なこと、道中の身の安全の確保に護衛を雇う必要があること等々、教育機関と比べるとデメリットが多いことも魔法使いたちに巡礼が忌避される理由だった。


「す、すみません、気を悪くしたのでしたら謝罪させてください」

「いえいえ、もちろん巡礼のデメリットの話は私も知ってますよ」


 狼狽する警備隊長に、メルは特に気にした様子も見せず笑顔で応える。


「ですが、それでも私は巡礼の旅に出たかったんです。かつてママが辿った道なので」

「お嬢さんの母君が?」

「はい、ママは全ての巡礼地を回って、賢者と呼ばれるようになった立派な魔法使いなんです。そんなママに少しでも近づくためにも世界中を旅しようと思ったんです」

「それは……とても立派なことだと思います」

「ハハハ、ありがとうございます。それに、ルー姉もいますから、旅の安全は守られたも同然ですよ」


 そう言ってメルは、自分の頭一つ大きなルーに体当たりするように抱き付く。


「……問題ない。メルは私が守る」


 飛び付いてきたメルを軽々と受け止めたルーは、甘えん坊な妹分の背中をポンポン、と軽く叩きながら微笑を浮かべる。


「ただ、メルが旅をしているのは、母親に憧れているだけではない」

「えっ?」


 何をいうのかと顔を上げるメルを無視して、ルーは淡々とある事実を警備隊長に告げる。


「世界を巡れば、その土地のおいしいものがたくさん食べられるから、世界中の料理を食べるために旅をしているという方が正しい」

「あ、ああっ、ルー姉! それは言わない約束でしょ」


 秘密を話されたメルが抗議しながらポカポカと叩くが、一見すると普通の人肌に見えてもドラゴンの性質を持つルーには、全く効いた様子はない。


 喧嘩しているというよりはじゃれ合っているといった様子の二人を見て、警備隊長は堪らず笑顔を零す。


「お二人共とっても仲がいいんですね」

「それはモチロン、だってボクが生まれた時からの付き合いですから」

「ずっと一緒」


 そう言ってメルたちは自分たちの中の良さをアピールするように、互いに抱き合って笑ってみせた。




 一通りの挨拶をした後、メルたちは警備隊長から簡単な事情聴取を受けた。

 その殆どは形式的なものではあったが、警備隊長はその中で一つ気になる情報をメルたちに話す。


「金……ですか?」


 メルが小首を傾げると、警備隊長は神妙な顔で頷く。


「はい、連中が言うには、あの列車には大量の金が積んであるはずだから襲ったと……念のために貨物車を確認したのですが、そう言ったものは見つかりませんでした。後は……」

「ボクたち乗客の荷物だけど、流石に警備の立場から荷物を検めさせろとは言えない、と」

「ご察しの通りです」


 既に乗客たちに断られた後なのか、警備隊長は心底疲れた顔で嘆息する。


「ご存知でしょうか、魔導機関車に乗れる方は限られますので……我々も強く出られないんです」

「ハハハ、わかります。お金持ちの人って難しいですよね」


 メルはあっけらかんと笑うと、警備隊長をフォローするように私見を話す。


「ちなみにですけどボクが見た限り、そんな大量の金はあの中にはないですよ?」

「ほ、本当ですか?」

「はい、だって金って滅茶苦茶重いじゃないですか……確か貴金属の中で一番重いですよね? ボクたちは誰よりも早く魔導機関車に乗りましたから、そんな大きくて重そうな荷物を持った人は見なかったです」

「それは……どの等級の客室も?」

「はい、間違いないです。基本的に皆、よくある旅行用の荷物でしたよ」


 それに、


「もし大量の資産を運ぶにしても、金じゃなくて別な何かで運ぶと思いますよ」

「……確かに」


 メルの説明に、警備隊長は一応の納得をしたように頷く。


「まあ、強盗たちの話なんて何処も盛られた話でしょうから、連中も騙されたのかもしれませんね……お二方、ご協力ありがとうございました」

「いえいえ、お仕事頑張って下さいね」


 まだ仕事が残っているのか、足早に立ち去っていく警備隊長をメルたちは笑顔で見送った。



「……さて、と」


 一通りの捜査が終わり、機関士のそろそろ出発する旨の話を耳にしながら、メルはある人物を探して人々の間を縫って歩く。


「あっ、いた……お~い、ノインちゃん」


 目的の人物、強盗たちに人質に取られていたノインを見つけたメルは、駆け寄って彼女に声をかける。


「あっ、メルさん」


 応急手当てをされ、担架に寝かされている父親の横に座っていたノインは、メルを見て嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。メルさんのお蔭でパパも無事でした」

「そう、よかった……ああ、お父さんそのままで」


 胸を切られたにも拘わらず、担架から起き上がって頭を下げようとするノインの父親をメルは慌てて手で制す。


「そろそろ出発するみたいだけど、ノインちゃんはどうするの?」

「はい、私は……」


 メルの質問に、ノインは泣きそうな笑みを浮かべて頭を下げる。


「申し訳ありませんが、パパの具合が心配なので、私はここで降りようと思います」

「ということは、やっぱり病院に?」

「はい、パパは大丈夫と言いますけど、回復魔法だけでは万全ではないと言われて……」

「そうね、魔法は上手くいったと思うけど万が一もあるからね。病院には絶対行った方が良いよ」

「はい、私もそれが良いと思うのですが……」

「何かあるの?」


 メルの質問に、ノインは困ったように笑う。


「パパが……自分は大丈夫だから、私だけエーリアスに向かえって……」

「そうだ。パパの心配はしなくていい」


 まだ胸の傷が痛むのか、ノインの父親は顔をしかめながらも気丈な表情で娘に話しかける。


「パパたちの目的を忘れたわけじゃないだろう?」

「でも……」

「でもじゃない、聖王都への到着が一日遅れるだけでどれだけの人に迷惑がかかるか……」

「そ、それじゃパパが……」

「だからパパのことは……」

「ストップ! ストオオオオオオオオオオオオオオォォォップ!!」


 白熱しはじめる親子喧嘩を、メルは間に割って入って止める。


「ノインちゃん、気持ちはわかるけどパパは怪我してるから、少し抑えて」

「あっ……」


 そこでノインは、父親が痛みに胸を押さえて青い顔をしていることに気付く。


「ちょっと失礼……」


 メルはノインの父親の傷口の様子を見て、問題ないことを確認して頷く。


「うん、傷口は開いてないけど、結構酷い怪我だったから安静して下さいね」

「す、すみません」

「いえいえ」


 平謝りするノインの父親に、メルは笑顔でヒラヒラと手を振ると、人差し指を立ててある提案をする。


「あの一つよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「もし、お二人がよければ、ボクたちがノインちゃんを王都まで連れて行きましょうか?」

「「えっ?」」


 その提案に、親子二人は驚いたように得意気な顔を浮かべる少女の顔を見た。

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