第3話 一流の魔法使い

 少女に自己紹介をしたメルは、腰を落として彼女に視線を合わせる。


「それでお嬢ちゃん、よかったら名前を教えてもらえるかな?」

「あっ、はい……私はノイン、そしてこの子はフェーちゃんです」

「うん、宜しくね。ノインちゃん、フェーちゃん」


 ニコリと笑ってノインとフェーを撫でたメルは、彼女たちを庇うように後ろに隠して前へと出る。


「さて、それじゃあ不届き者たちを倒して、ノインちゃんのパパやお客さんたちを助けましょうか」

「パパを!?」


 メルの言葉を聞いたノインは、危ないと思いつつも彼女の服の袖を掴んで必死の形相で問いかける。


「メルさん、パパは……パパは無事なんですか?」

「うん、無事だよ。パパッと助けてみせるから、ノインちゃんは絶対にボクたちの前に出ちゃダメだよ」

「は、はい……よかった」


 父親が生きていると聞いたノインは、心底安心したように腕の中でおとなしくしているフェーを抱き締めて涙を零す。


 静かに泣く少女を見て、メルはクスリと笑みを零すと、警戒態勢を取っている強盗たちに目を向ける。


「ちなみにだけどキミたち、ここでおとなしく捕まってくれたりしないかな?」

「ああっ、何言ってんだ!」

「そんな訳ないだろ!」

「急に出てきて何言ってんだこの女、殺されたいのか!」


 メルの問いかけに、強盗たちは喧喧囂囂けんけんごうごうと喚き出す。


「……そういうわけだ。お嬢ちゃん」


 一通り部下たちが騒ぐのを聞いた後、最後にリーダーである眼帯の男がニヤリと笑う。


「どうやら相当腕に自信があるようだが、少し時間を与え過ぎたようだな」


 そう言って眼帯の男が片手を上げると、一番後方に控えていた男が立ち上がる。

 その手には身長と同じ長さの樫の木を削って作られた杖があった。


「まさか、魔法使い!?」

「そうだぜ、お前たちが呑気に自己紹介している間に詠唱は完了してるぜ」


 眼帯の男の言う通り、後は魔法を発動させるだけなのか、魔法使いの男が手にしている杖の先端が白く光り出す。


「俺たちをただの強盗と高を括ったのが間違いだったようだな」


 勝ちを確信したのか、眼帯の男は得意気に捲し立てる。


「お前がどれだけ優れた魔法使いだとしても、既に詠唱済みの魔法を前に成す術なんかないだろ!」

「なるほどね……」


 どんどん大きくなり、やがて弓矢の形へと変える光を見て、メルは双眸を細めて薄く笑う。


「その魔法、ライトニングアローだね。そんな強力な魔法、撃ったらキミたちもタダじゃすまないんじゃない?」

「ハッ、勝てないと踏んで脅しのつもりか?」


 メルの忠告を聞いても、眼帯の男は全く怯む様子を見せない。


「こいつは、元は宮廷魔術師にまで選ばれたぐらいの実力者だ。つまり一流の魔法使いがそんなヘマするわけないだろう」

「ふ~ん、一流……ねぇ」


 一流という言葉に、メルは片眉を上げて反応する。


「実はボク、一流という言葉には少しうるさいんだよね」


 笑みを消して真剣な表情になったメルは、右手の親指と人差し指を立てると、魔法を撃とうとしている魔法使いへと向ける。


 右手首を左手で押さえ、しっかりと狙いを定めたメルは、


「バンッ!」


 短く言葉を発して、拳銃でリコイルが発生したかのように軽く右手を上げる。



「あぐっ!?」


 すると魔法使いがくぐもった悲鳴を上げ、彼の手から魔法の杖が弾き飛ばされる。

 クルクルと回転して杖が吹き飛ぶと、発動寸前だった白い光はあっさりと霧散する。


「な、何だと!?」

「フフッ、そんな見え見えの魔法を撃とうとしている時点で、その人が一流のはずないよ」


 メルはチッ、チッ、と眼前で指を振りながら自身の考えを披露する。


「詠唱を唱えなきゃ魔法を使えない者は三流、無詠唱でもどんな魔法を撃てるかバレてしまうのは二流、そして一流の魔法使いは……」


 メルは再び親指と人差し指を立てて、強盗たちに狙いを定める。


「相手に何も気取られずに、魔法を自在に操れる者だよ」


 そう言ったメルは再び「バン!」「バン!」と言いながら指から魔法を放っていく。


「ぐわっ!?」

「あぐっ!?」

「何が……あがっ!?」


 次々と放たれる不可視の攻撃に、強盗たちは成す術なく次々と倒されていく。


「な、何だこれは……」


 たった一人の少女の登場で盤面がひっくり返ってしまったことに、眼帯の男はわなわなと唇を震わせる。


「お、女! お前何をした!」

「何ってこれのこと?」


 メルは魔法を撃った人差し指に「フゥ」と息を吹きかけてニヤリと笑う。


「これはね、ボクのオリジナル魔法、ピストルの魔法だよ」

「ぴ、ぴすとる? な、何だそれは……」

「ん? ああ、そうか、この世界は魔法技術が発達した分、銃火器の小型化はされてないんだっけ……」


 おとがいに手を当て、メルは相手にピストルとは何ぞやと説明したものかと暫く考えたが、


「……まあいいや、悪者相手に丁寧に説明する必要はないよね」


 すぐさま説明を諦めると、眼帯の男に止めを刺すべく人差し指を向ける。


「さあ、懺悔の時間だよ」

「な、ななっ、こ……こんなところで終わってたまるか!」


 このままではメル一人に全滅させられると思った眼帯の男は、最初に自分が切り付けたノインの父親へと手を伸ばす。


「こ、こいつを人質にとってもう一度……」

「そんな暴挙、許すわけない」


 だが、手を伸ばした眼帯の男の腕を、冷めた声と共に横から伸びて来た腕が掴んで止める。


「諦めろ。お前たちはもうしまいだ」

「あだだだ……」


 ノインを助けた時と同じように、一瞬で間合いを詰めたルーが眼帯の男の腕を捻り上げながら他の強盗たちに話しかける。


「お前たち、おとなしくしろ。私は……」

「黙れえええええぇぇ!!」


 ルーの言葉を遮るようにして、まだ無事だった一人の強盗が彼女へと襲いかかる。


「お頭を……放しやがれえええええええええええええええええぇぇぇ!!」


 憤怒の表情を浮かべた強盗は、手にしたナイフをルー目掛けて振り下ろす。

 ルーは片手で眼帯の男の腕を捻り上げているため回避することもままならず、さらにはこれといった武装もしていないので、強盗が振り下ろしたナイフを素手で受け止める。


 次の瞬間、ルーの腕から鮮血が舞うかと思われたが、聞こえてきたのはカキィン、という硬質なものがぶつかり合うな音であった。


「……えっ?」

「その程度か?」


 まさかの手応えに驚きの声を上げる強盗の目に、平然と腕でナイフを受け止めているルーの余裕の笑みが映る。


「残念だが、お前程度ではドラゴンの肌に傷一つ付けることはできない」

「ななっ、ド、ドラゴンだって!?」

「そうだ。恨むなら、私の前に立った自分の愚かさを恨め」


 驚きの声を上げる強盗を、ルーは尻尾で薙ぎ払って黙らせる。


「クソッ!」


 ルーが男に気を取られている内に、眼帯の男は彼女の腕を振り切ってメルへと向けて駆け出す。


「俺は金を手に入れて、何もかも手に入れるんだ!」


 その手には隠し持っていたのか一振りのナイフを持っていた。


「メル!」

「大丈夫、任せて」


 ナイフの存在に気付いたルーの鋭い声に、冷静に頷いたメルは眼帯の男へと人差し指を向けると、


「BANG!」


 容赦なくピストルの魔法を彼の額に向けて放った。

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