第32話 ベストメンバーが見えてきた

 11月に入ると晴れの日が増えてきた。暦で言えば「雨季」が終わりタイのベストシーズンである「乾季」に突入する。この時期の日中の気温は暑くはなるものの、3〜5月の「暑季」と比べると過ごしやすい。朝晩は場所によっては気温が冷んやりとするくらいになるため、タイの人たちにとっては風邪を引きやすい季節と言える。

 この時期、子どもたちの中に「水疱瘡」が流行り出した。直近ではソンクラー大学での練習試合、そして「甲子園大会」に向けて通常の練習を短めに、実践を意識した紅白戦を行った。大会を想定しベストメンバーを考えたチームAと、控えチームBに分けて実施したが、レギュラーメンバーも、一人二人と「水疱瘡」になって数日練習を休んだ。

 AチームとBチームでは力差があるため、Bチームにはポーンか真のいずれか、場合によっては2人とも入るようにしてできるだけ真剣勝負に近い内容を実践させた。

 ここでナコンシータンマラート県体育学校のベストメンバーを記しておきたい。1番ショート・リン(3年)、2番キャッチャー・ジョーム(3年)、3番センター・ヌ(3年)、4番セカンド・メーオ(3年)、5番ピッチャー・ボーン(3年)、6番ファースト・バード(3年)、7番サード・ヤーオ(3年)、8番レフト・エー(3年)、9番ライト・トーム(1年)。

 この中で最初にジョームが「水疱瘡」になった。キャッチャー経験はピカイチで、AA大会の代表選手に選ばれ、国際大会も経験してきた頼れるキャッチャーが不在となり、ヤーオとメーオの2人にやらせてみたが、メーオがキャッチャーもできる才能を持っていた。

 ピッチャーはこれまた代表チームに選ばれたボーンがエースではあるが、ヌやバード、1年生のトームもピッチャーとして育成してきたので、紅白戦ではいろんな可能性にチャレンジさせてみた。もちろん気持ちの入っていない選手は即入れ替えさせることで、誰もがAチームとして戦える雰囲気を作っていった。

 エースピッチャーのボーンはうっかり者。ボーンヘッドをすることが多かった。ある日の紅白戦、1回、2回は見事なピッチングで無得点に抑えたが、3回、1塁へのベースカバーを忘れてランナーを許すと動揺したのか4回、5回にフォアボールを連発し逆転を許した。

 終了後、真はまずベースカバーを忘れたこと、最後まで集中力をもって投げることができず最終回に逆転を許すようでは、このチームのエースは任せられないことを丁寧に言い聞かせた。

 「練習は試合のように」と言い聞かせてきたことが選手たちの身になってきた。ある日の紅白戦では、ランナーに出塁しても、守備についている時も突っ立っている選手が目についた。

 練習後のミーティングで「次の塁を目指そうとしている選手がいない、イージーなボールには対応できても、難しい打球に対しては対応できない」そんなことをコーチのポーンが選手たちに話している姿に真は見惚れていると、ポーンは「真から何かアドバイスはないか」と言われたので「バッティングがよくなかった。バットスイングは1人でできること。もし今よりも上手になりたいなら、一人でバットスイングをするべきだ」とだけ言って練習後のミーティングを締めくくった。

 大会は近づいてきたが、子どもたちの野球に取り組む姿勢のいじらしさを感じながら、でも真は油断をはいして歴史的な大会に向けた準備を進めていくのである。

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