第2話 マイペンライは不思議な言葉

 野球というスポーツがアジア大会開催国として国内初開催となり、同時にタイ王室シリキット王女の名を冠した球場が完成した。この時流に乗って大会を終えることはできたが、野球人口は増えることなくタイ国内における野球の普及は手詰まりになってしまっていた。

 そうした背景から2代目の真は高校の教員でもあり、野球部の顧問として、生徒たちに野球を指導してきた経験が思う存分生かされることになった。タイの野球は、青少年への普及活動を主目的として進められることにシフトしていったのである。

 もちろんタイのナショナルチームへのサポートにも参加してきたが、青少年を目的にタイ国内の学校をまわり、子どもたちへの野球の普及活動に、より長い時間を費やすこととなった。

 前回のアジア大会で宿敵フィリピンに勝ったために、シドニーオリンピックのアジア予選にタイのナショナルチームは参加することができた。真は大会1ヵ月前、チョンブリー県にあるブラパー大学での短期語学留学、その後の一般家庭へのホームスティを終えて、いよいよ野球隊員としての活動に参加することになった。

 その第一歩がトレーナーとして、韓国で開催されるオリンピック予選への同行であった。真は日系企業の施設を借り切った合宿所に初めてやってきた。タイ人のタナキット監督、コーチのウワン、ウィワットと初対面、タイ語で挨拶をした。その時「あまりタイ語が上手じゃないな」とタナキット監督は言っていた。「大丈夫、これから上手になるから」と真を気遣って赤山氏がフォローしてくれたやりとりがあったようである。

 2年間の活動を終えていた前任の桜谷氏に比べれば、まだタイ語も上手く話せないことなど不安感を与えたのは当然であろう。「タイ人の彼女を作れば上手くなるよ」とタナキット監督は笑いながらアドバイスをしてくれた。

 合宿期間中は早朝5時からのトレーニングから始まる。そして朝食を終えるとほとんどの選手は仕事に向かう。仕事を終えて夕方、球場に集って練習を再開した。日中の暑さもあるため、日が落ちた夜のほうが練習には向いていると言える。土、日、祝日は日系企業の野球経験者が集まってチームを作り、タイチームの試合相手をするのである。

 真も久しぶりに選手としてプレーした。高校時代は野球を経験していたとは言え、久方ぶりの実践だったため、凡フライを落としたり、正面のゴロをトンネルするなど、コーチとしての面目は丸つぶれであったが、そんな真に対しても、明るく笑顔を絶やさずに接してくれる選手たちとの関係が深まるにつれて、この国への愛情が深まっていった。

 中でも彼らがよく使う、人が何かに失敗した時に使われる『マイペンライ』という言葉は、タイの国民性を表すもっともふさわしい言葉で、真にとっても一番好きなタイ語となって徐々に体全体へ馴染んでいくのだった。

 『マイペンライ』とは、何でもないよ、大丈夫だよ、気にすることないよという意味で使われる。ありがとうに対する、どういたしまして、英語のYou are welcome.としても使われる。たとえ失敗してしまっても『マイペンライ』で、優しく人を励ます素敵な言葉だ。

 日本人は真面目すぎるところがあり、失敗に対して不寛容な面があるのではないだろうか。しかし、タイの人たちはどんな失敗に対しても、それを許し『マイペンライ』で受けとめる寛容さがある。

 タイは世界の旅行者たちがリピーターとなる、ランキング上位の国として高く評価され続けている。真はどんな人たちも虜にさせるホスピタリティーあふれる国民性が、最大の魅力だと思っている。今後、観光立国を目指す日本にとっても、タイから学ぶべき点がたくさんあるのではないだろうか。

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